タバコとお口の健康‐受動喫煙による子どもの虫歯や色素沈着

喫煙、受動喫煙は歯と歯周組織へも悪影響を及ぼす

禁煙で大切な人の受動喫煙を防ぎ、歯や歯周組織を含む全身の健康を守ろう

喫煙は歯の健康にも悪影響を及ぼす

 人は生まれたときには、タバコを吸うことを知りません。しかし、からだへの害について何となく知りながら、多くの子どもたちが、20歳になれば合法であるタバコを20歳になる前に吸い始めます。「タバコは害になる」、「タバコはからだによくない」ということは、喫煙者も含めて誰もが知っているはずです。しかし、ほんとうの真実を理解している人は、果たして……!?

 タバコの煙の中には約4,000種類の化学物質が含まれ、そのうちの約200種類が有害物質で、発がん物質が約60種類以上あるといわれています。一方、タバコは喫煙者だけの問題ではなく、受動喫煙(secondhand smoke)により不特定多数の人の命にまでかかわる影響を与える点、さらに三次喫煙(thirdhand smoke:タバコの火を消した後にも残っているタバコ煙による汚染)による健康被害までも留意する必要があります。

 う蝕(虫歯)や歯周病、歯列不正、顎関節症などで訪れた歯科医院や病院の歯科外来で、禁煙を呼びかけられたら、多くの人は驚かれるでしょう。しかし、喫煙は煙の入口となる歯と歯周組織の健康にも悪影響を及ぼします。タバコから「自分だけでなく、大切な人を守る」ために、タバコとお口の健康の関係について知っておくことは重要です。

ニコチン依存症の真実

 これまでは、タバコは嗜好品として扱われ、喫煙は単なる習慣で、タバコがやめられないのは本人の「意志」の間題であるとみなされていました。しかし現在では、タバコがやめられないのは心理的依存とニコチン(依存性薬物)に対する身体的依存(ニコチン依存)より成り立つ「ニコチン依存症(薬物依存症の一つ)」という精神疾患として認識されています。身体的依存には、ニコチンが不足することによる「離脱症状(生理的症状)」があり、心理的依存には、ニコチンを渇望し吸ってしまう「行動的症状」と、喫煙を正当化し、禁煙は不必要で不可能だと考える「認知的症状」の2つがあります。そして、これら3つの症状は相互に関連しながら増幅していきます。

 世界保健機関(WHO)の国際疾病分類(1991年)には、ニコチン依存症が「 タバコ使用による精神および行動の障害(慢性ニコチン中毒)」として分類されています。また、米国精神医学会診断基準(2000年)においても、「 ニコチン依存」が疾患として規定されています。

 人が「気持ちいい」と感じるのは、脳内報酬系と呼ばれる回路(中脳辺縁系ドパミン作動性神経)が活発になることで起こっている現象です。すなわち、からだによい情報、たとえば「美味しいご飯をいっぱい食べた」「仕事や勉強がすんだ」という情報が脳に伝わると、神経伝達物質であるアセチルコリンが分泌され、脳内報酬回路が刺激されて、ドパミン放出により快感や満足感、多幸感、覚醒効果、緊張緩和効果などが得られるのです。
 しかしニコチンがからだに取り込まれると、からだによい情報はなくても、脳内報酬回路にあるニコチン性アセチルコリン受容体に直接作用して、快楽物質であるドパミンの放出を促進させます。一旦そのようなニコチンを介した回路が成立すると、これまでの脳内報酬回路が正常に働かなくなり、「ニコチンの吸収=快感」と受け取ってしまいます(ニコチン依存症)。

 禁煙関連9学会が合同で作成した「禁煙ガイドライン」では、タバコを吸うことは病気(「ニコチン依存症とその関連疾患からなる喫煙病」という全身疾患)であり、喫煙者は患者(積極的禁煙治療を必要とする「タバコの犠牲者」)という認識を基本としています。
 現在では、上記9学会を母体とする合同17学会が「禁煙推進学術ネットワーク」を組織して、2010年2月から毎月22日(スワンスワン;吸わん吸わん)を「禁煙の日」として、脱タバコ啓発活動を行っています。

喫煙は歯周病の最大の環境リスクファクター

 喫煙(ニコチン)と歯の健康、特に歯周病との関係を具体的に見ていきましょう。

●歯肉組織に与える急性・慢性の刺激
 歯肉は、表面の上皮組織と内側の結合組織から成り立っています。喫煙によって、歯肉上皮は吸い込んだ煙に含まれるニコチンや、唾液に溶け込んだニコチンを直接吸収して、急性的な刺激を受けます。一方、歯肉結合組織や歯根膜、骨膜などには、末梢血管が走っており、末梢血管内に残留したニコチンやコチニンによって、慢性的な刺激を受けています。
●歯肉への酸素や栄養の不足
 喫煙直後でさえ、歯肉上皮のすぐ下にある毛細血管の血流が悪くなり、血液中のヘモグロビンや酸素の量を減少させてしまいます。
●歯周病特有の出血量の減少
 歯周ポケットの表面(上皮組織)は、初めのうちは炎症のために血流量や歯肉溝浸出液量が増加しますが、喫煙が長期間に及ぶと逆にそれらの量は減少し、歯周病特有の出血症状を見落としやすくなります。
●歯肉の線維化と歯周ポケットの進行
 コラーゲンを作る線維芽細胞の増殖や付着を抑制し、歯肉は線維性(スポンジ状)の深い歯周ポケットを形成していきます。
●歯周病関連細菌の増加
 喫煙者では、さまざまな歯周病関連細菌が、非喫煙者より多く検出されたという報告もあります。
●免疫機能の低下
 ニコチンは好中球(外部から体内に侵入した細菌やウイルスを排除する)の機能や、マクロファージ(好中球が排除しきれなかった細菌やウイルスを呑み込んで破壊したり、ウイルスや細菌に感染したことを提示する)の機能を低下させます。また、粘膜面では、抗体(体内に侵入した異物に結合して、生体防御の働きをする)である免疫グロブリンAやGの機能低下ももたらします。

 以上のような点から、喫煙は歯周病最大の環境リスクファクター(危険因子)なのです。日本歯周病学会の「歯周病分類」では、喫煙による歯周炎は、「喫煙関連歯周炎」に分類されます。以下は、「喫煙関連歯周炎」の特徴(1~3)と治療に対する反応性(4、5)についての見解です。

(1)喫煙者は非喫煙者に比べ、歯周病の罹患率が高く、歯周炎の進行も早い
(2)プラーク付着量、細菌の総菌数が非喫煙者と同程度であっても、喫煙者では歯周組織の破壊が促進される
(3)歯肉出血量や歯肉溝滲出液量の減少傾向、歯肉のメラニン色素沈着などから、歯周組織の炎症症状が現れにくい。このことが、喫煙歯周病患者の自覚を遅らせる
(4)喫煙による線維芽細胞への障害は、歯周組織の傷の治りを遅らせる
(5)喫煙により非外科治療、外科治療(歯周組織再生治療、インプラント治療を含む)とも、治療後の経過に悪影響を及ぼす

受動喫煙で、子どものう蝕(虫歯)や歯肉のメラニン色素沈着が増える

 一般的に、小児・胎児に及ぼす受動喫煙は、気管支喘息などの呼吸器疾患、中耳疾患、胎児の発育異常、乳幼児突然死症候群、小児の発育・発達と行動への影響、小児がん、さらに、注意欠陥多動性障害(attention-deficit hyperactivity disorder:ADHD)などのリスクファクターとなります。同時に、受動喫煙により歯周病、小児のう蝕(虫歯)や歯肉のメラニン色素沈着のリスクが高くなることが報告されてきています。

 受動喫煙によって、喘息やアレルギー疾患が発症するよりも、歯肉のメラニン色素沈着のほうが高率に出現します。歯肉のメラニン色素沈着は、喫煙が影響を及ぼす他の臓器や疾患と異なり、見やすい部位にあり発見しやすいという点が特徴です。今後の禁煙教育・指導においてこのことに着目し、受動喫煙の悪影響を啓発することにつなげるという、私たち歯科医療従事者の役目は重要と考えます。

禁煙すれば歯周組織や歯だけでなく全身の健康にもよい影響が

 喫煙者の歯肉の血行不良は禁煙すれば早い段階で回復し、歯周病の治療効果も高まります。期間はかかりますが、歯の喪失も抑えられることも明らかになってきています(写真2参照)

 歯科で禁煙支援を受けたことで患者さんが禁煙を実行・継続すれば、歯周病の発症・進行や歯の喪失を防ぐことができるだけでなく、全身の健康、ひいては生命の救済につながる可能性があります。さらに、喫煙者個人だけではなく、その家族、同僚や友人、その他不特定多数への受動喫煙(たとえば歩きタバコによる)や三次喫煙の悪影響までも消失させることになるため、その意義は計り知れません!

(編集・制作 (株)法研)

【執筆】
稲垣 幸司先生


愛知学院大学短期大学部歯科衛生学科教授
同大学歯学部歯周病学講座准教授
1982年愛知学院大学歯学部卒業。86年同大学大学院歯学研究科修了(医学博士)。同大歯学部(歯周病学講座)講師などを経て、2000~01年ボストン大学歯学部健康政策・健康事業研究講座客員研究員。05年愛知学院大学歯学部助教授、07年4月より現職。日本歯周病学会専門医・指導医、日本禁煙学会専門医、日本歯科保存学会認定医。日本歯科衛生学会、アメリカ歯周病学会、国際歯周病学会、日本骨代謝学会、アメリカ骨代謝学会など国内外の所属学会多数。歯周病と全身疾患、特に骨粗しょう症や糖尿病との関係に関する研究、脱タバコ教育、禁煙支援、未成年等における包括的タバコ対策に関する研究などを行う。

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