【医者が教える】高齢者の在宅医療‐被災地で感じた心のケアの必要性

石巻で診療を開始して3カ月、毎日患者さん宅を訪問

運動機能の低下だけでなく、栄養状態の悪化や心の問題など、震災の影響はさまざま

患者さんの多くは、被災により心身機能が低下している

 今年の4月下旬に東日本大震災の被災地を訪れた私は、在宅医療が必要とされている現状を目の当たりにしました。それから4カ月後の9月、甚大な被害を受けた宮城県石巻市に、在宅医療専門診療所「祐ホームクリニック石巻」を開設、地元で被災した方々をスタッフに迎え、診療を開始しました。一時的な支援ではなく「現地自らの復興」を願い、地域に根づいた継続的な診療所となるべく、活動をしています。その経緯は、「Dr.MUTOの在宅医療講座 5」に掲載しています。

 9月の開業から3カ月たち、診療所では、当初の予想をはるかに超えるニーズをいただいています。

 私たちの患者さんは、95%が70歳以上の高齢の方です。診療開始前は、震災という大きな衝撃により、またその後の長い避難生活により身体・認知機能が弱ってしまった、いわゆる虚弱高齢者への医療サポートを想定していました。
 しかし始まってみると、市で唯一急性期医療を担っている石巻赤十字病院を退院された、主にがんの終末期の方が多いことがわかりました。その方たちが最期の時をご自宅で過ごされる際の、医療的サポートをしています。

 訪問エリアの多くは、被災した地域です。つまり患者さんは、被災によって交通手段を失った方や、かかっていた医療機関の廃業などでこれまでの受療環境を喪失してしまった方々です。また、患者さんの多くが仮設住宅に住んでいて、これまで暮らしていた地域から離れることで、かかっていた診療所からも離れてしまい、通院が難しくなっていました。いずれも被災されていることから、やはり心身機能は大変落ちています。

 たとえば、これまで車を運転していた方が運転できなくなったり、歩いていた方がベッドから起き上がることも難儀になったりというように運動機能が低下している方がいます。あるいは、十分な食事がとれずに栄養状態が悪い方や、震災後医療機関にかかれなくなったため、それまで飲んでいた薬を全く飲んでいない方もいます。このように震災は、運動機能の低下のように目には見えなくても、人々の身体をむしばんでいるのです。それは、心の問題も同様です。

体の様子を診るだけでなく、人の温かさや安心感を届けたい

 私たちは、そんな患者さんお一人お一人を訪問してていねいにお話を伺い、お体の様子を拝見するだけでなく、私たちが訪問することで、人の温かさや、誰かに守られているという安心感もお届けしたいと思っています。

 幸い、私たちは定期的に訪問するため、患者さんの変化にも気づくことができます。「今日は元気そうだ」「いつもと違って様子がおかしい」と、数値だけではなく五感を使って、その方の状態を把握するよう努めています。
 もちろん、こうした患者さんの様子はすべてその場で記録し、院内にデータベース化して継続した情報として保存しています。それによって、複数の医師やその他すべてのスタッフも同様に、患者さんの状態把握ができます。

 また、在宅医療では、患者さんのお宅が診察室であり病室です。必要と想定されるあらゆる薬剤や医療物品、書類類も全て持ち歩いています。開業当初は、現場で「あれがない」「これがない」とあわてることもありましたが、今では必要なものをきちんと整理して持ち歩いています。
 このように私たちは、毎日毎日、患者さんのお宅を訪問しています。

安心して心穏やかに暮らすために、新たな地域コミュニティの構築が必要

 しかしながら、私たちは同時に、医療だけではこの地域の人々を救うことができないということを痛感しました。地域に深くかかわればかかわるほど、地域の絆、人と人との絆が、この地域においていかに大切であったかを思い知らされます。地域の絆が壊れてしまった今、人々がもう一度安心して心穏やかに暮らすための、新たな地域コミュニティを構築する必要があると考えています。
 そこで私は、この課題に取り組むことを決意しました。

 現在は、在宅医療を基盤にした、心のケアや生活支援も含めた高齢者の包括的生活支援の仕組みの構築に取り組んでいます。地元の医療・介護事業者や地元NPOと連携し、従来の地縁が崩壊してしまった地域でも、高齢者が安心して過ごすことができる仕組みを作りたいと考えています。

 その内容は、次回ご報告いたします。

(編集・制作 (株)法研)

【執筆】
武藤 真祐先生


医療法人鉄祐会祐ホームクリニック 理事長
一般社団法人高齢先進国モデル構想会議 理事長
1996年東京大学医学部卒業。2002年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。早稲田大学大学院ファイナンス研究科専門職学位課程修了(MBA)。東京大学医学部附属病院、三井記念病院にて循環器内科、救急医療に従事。診療所にて在宅医療にも従事する。2004年より2年半、宮内庁で侍医を務めたのち、マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務。その後、医師として社会に貢献したいと在宅医療専門クリニック「祐ホームクリニック」を開設、現在に至る。医学博士、日本内科学会認定内科医、日本循環器学会循環器専門医、米国医師資格試験合格、米国公認会計士、MBA。NPO法人ヘルスケアリーダーシップ研究会理事長。

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