膵臓の悪性腫瘍「膵神経内分泌腫瘍」-6つの自覚症状とは

神経細胞や内分泌細胞から発生する悪性腫瘍

全身のさまざまな臓器に発生し、膵臓に発生すれば「膵神経内分泌腫瘍」。情報が少なく早期発見が難しい

「膵神経内分泌腫瘍」とは、膵臓に発生した「神経内分泌腫瘍」

 「膵神経内分泌腫瘍」も「神経内分泌腫瘍」も、いずれもなじみのない言葉かも知れません。
 「2011年10月に56歳の若さで亡くなった、元アップル(Apple)社CEOのスティーブ・ジョブズさんの死因は、膵臓がんだったという報道もありましたが、正しくは膵臓の神経内分泌腫瘍でした。腎結石の検査の際に、膵臓に影があることがわかり、それがきっかけで膵臓の詳しい検査を受け、内視鏡を用いた生検により神経内分泌腫瘍と診断されました」と語るのは、九州大学大学院医学研究院 病態制御内科学の伊藤鉄英准教授。

 神経内分泌腫瘍とは、神経細胞や内分泌細胞から発生する腫瘍の総称で、膵臓、下垂体、消化管(胃、十二指腸、小腸、虫垂、大腸)、肺、子宮頸部など、全身のさまざまな臓器に発生する腫瘍です。
 膵臓に発生した場合は、「膵神経内分泌腫瘍」、消化管に発生した場合は「消化管カルチノイド」や「消化管ホルモン産生腫瘍」と呼ばれることもあります。2010年のWHO(世界保健機関)分類で、神経内分泌腫瘍は、すべて悪性の性格を持つ腫瘍であると定義されました。

 膵臓の機能は、食物の消化・吸収を助ける膵液を分泌する「外分泌機能」と、血液中のブドウ糖(血糖)の濃度(血糖値)を調節するホルモンを分泌する「内分泌機能」とがあります。
 外分泌機能を果たす膵管(膵臓で作られる膵液が運ばれる管)の細胞に発生する悪性腫瘍を、「膵管がん」といいます。膵臓がんにはいくつかの種類があり、日本では全体の80%以上を膵管がんが占めています。おおむね、膵臓がん(膵がん)といえば、膵管がんを指します。
 一方、内分泌機能を果たすランゲルハンス島という細胞(血糖を下げるインスリンなどのホルモンを分泌する)に発生する悪性腫瘍を、「膵神経内分泌腫瘍」といいます。

 2005年の疫学調査によると日本では、消化管・膵神経内分泌腫瘍の年間受療者数は約7,000人、そのうち膵神経内分泌腫瘍の受療者数は約3,000人と推計され、患者数としては少ないほうです。それだけに患者さん向けの情報が少ない、検診をはじめ早期発見のツールがない、専門医が少ないなどのことが重なり、スムーズに的確な診断と治療につながることが難しい疾患ともいえます。正しい診断までに、2年以上かかったというケースも少なくありません。

神経内分泌腫瘍(膵神経内分泌腫瘍)の主な症状と診断

 神経内分泌腫瘍は、血液中にホルモンを過剰分泌し、そのホルモンの種類によって異なる症状が現れる「機能性神経内分泌腫瘍」(症候性神経内分泌腫瘍ともいう)と、ほとんどホルモンを産生せず、症状も現れない「非機能性神経内分泌腫瘍」(非症候性神経内分泌腫瘍ともいう)とに大別されます。
 非症候性神経内分泌腫瘍のほとんどは自覚症状がないため、健康診断などの画像検査によって偶然見つかることが多く、また、他の臓器に転移してから見つかることも少なくありません。

●症候性神経内分泌腫瘍(膵神経内分泌腫瘍)の主な自覚症状
 症候性神経内分泌腫瘍は、産生するホルモンの種類によりおおむね6つに分類され、それぞれ特徴的な症状がみられます。

(1)インスリノーマ(産生するホルモン:インスリン)
 主に低血糖の症状で、動悸、指の震え、冷や汗、朝の起床の悪さ、空腹になりやすい、間食回数の増加、体重増加、集中力の低下、重症の場合は記憶喪失、失神、意識障害なども。
(2)ガストリノーマ(産生するホルモン:ガストリン)
 消化性潰瘍や胃食道逆流症(逆流性食道炎)が治りにくい、潰瘍が繰り返し起こるなど。
(3)VIPオーマ(産生するホルモン:VIP、PHI)
 突然の激しい下痢(大量の水溶性下痢。通常の下痢止めの増量でも効果なし)など。
(4)グルカゴノーマ(産生するホルモン:グルカゴン)
 下腹部から会陰部や大腿部などに痛みを伴う紅斑(治りにくい)など。
(5)ソマトスタチノーマ(産生するホルモン:ソマトスタチン)
 脂肪便が続く、貧血、体重減少など。
(6)カルチノイド腫瘍(産生するホルモン:セロトニンなど)
 皮膚の異常な紅潮(肝転移の場合)、下痢、腹痛、ぜんそくのような呼吸音、心不全など。

●神経内分泌腫瘍の診断
 神経内分泌腫瘍は、自覚症状の有無や種類、血液検査、画像検査、病理組織学的検査(細胞の様子を顕微鏡で調べる検査)などの各種検査の結果を総合して診断され、産生するホルモンの種類や、病理組織像(細胞の顔だち)、遺伝性など多方面から分類されます。また、腫瘍の広がり具合・進み具合を病期(進行期、ステージ)で表します。

膵神経内分泌腫瘍の治療

 膵神経内分泌腫瘍は、正式にはがんではありませんが、悪性度が高いことから診断や治療は「膵臓がん」に準じて行われています。

●外科療法
 膵神経内分泌腫瘍は、症候性や無症候性のいずれも全身状態が良好であれば、まずは外科手術が行われることが基本です。腫瘍の位置や大きさ、広がり具合によって手術の方法は異なります。
 膵臓がんに準じ、腫瘍が膵臓の頭部(太い部分側)に位置する場合は、「膵頭十二指腸切除」が行われます。腫瘍が膵臓の体部(中央部分)や尾部(細い部分側)に存在する場合は、「膵体尾部切除」が行われます。
 「膵頭十二指腸切除」の場合は、隣接する胃を切除しないで済むことが多いのですが、「膵体尾部切除」の場合は、隣接する脾臓を一緒に切除することが一般的です。まれではありますが、腫瘍が体部などの限定した範囲にとどまっているような場合は、部分切除が可能なことがあります。
 また、腫瘍が小さいものでは、腫瘍だけをくり抜いて摘出する手術を行うこともあります(核出手術)。

●薬物療法
 進行した状態で発見・診断されると、手術を行っても完全な切除ができにくいため、薬物療法が行われます。膵神経内分泌腫瘍には、海外では下記のような薬が用いられていますが、日本では薬事法による製造販売の承認が得られておらず、膵臓がん治療に用いられている薬(青文字の薬)と、2011年12月に膵神経内分泌腫瘍治療薬として承認を受けた分子標的薬(緑文字)のみ、使用が可能です。

【症状を抑える治療】
 切除ができない膵神経内分泌腫瘍の内分泌症状に対する薬物療法
  ・ソマトスタチンアナログ(サンドスタチン)
  ・インターフェロンα
  ・プロトンポンプ阻害薬(PPI)

【化学療法(抗がん薬)】
 分子標的薬
  ・mTOR(エムトール)阻害薬
 高分化膵神経内分泌腫瘍に対する化学療法
  ・STZ+ドキソルビシンまたは5‐FU
  ・テモゾロミド±カペシタビン
  ・TS‐1、ゲムシタビン
  ・ダカルバジン
 低分化膵神経内分泌腫瘍に対する化学療法
  ・シスプラチン+エトポシド
  ・シスプラチン+CPT11
  ・ダカルバジン

 神経内分泌腫瘍のなかでも膵神経内分泌腫瘍そのもの、特に進行性膵神経内分泌腫瘍に有効な選択肢がなかった状況の中で、分子標的薬であるmTOR(エムトール)阻害薬が化学療法に加わったことは、患者さんにとっても医療者にとっても朗報となりました。
 従来の抗がん薬が正常細胞を含めた全身の細胞にダメージを与えるのに対し、分子標的薬は目的の細胞のみを狙い打ちしてダメージを与えるものです。また、mTORは、細胞の増殖や代謝、血管新生(細胞が栄養を補給するために新しく作る血管)を調節している細胞です。
 伊藤准教授は「膵神経内分泌腫瘍の治療の選択肢が広がり、多くの患者さんたちに大きな恩恵をもたらすでしょう」と、今後の膵神経内分泌腫瘍の治療成績の向上に対する期待を述べました。

(編集・制作 (株)法研)

【取材協力】
伊藤 鉄英先生


九州大学大学院医学研究院 病態制御内科学 准教授
肝臓・膵臓・胆道内科副科長 膵臓研究室主任
1984年九州大学医学部卒業。96~99年米国国立衛生研究所(NIH)消化器部研究員。九州大学大学院医学研究院病態制御内科学講師、九州大学病院肝臓・膵臓・胆道内科副科長を経て、2010年同病院同科診療准教授。11年より現職。日本消化器病学会指導医、医学博士。日本膵臓学会評議員、日本消化器病学会評議員などを務める。厚生労働省 難治性膵疾患に関する調査研究班班員、同省癌研究助成金指定研究班(JCOG)肝胆膵グループ班員、慢性膵炎・急性膵炎・自己免疫性膵炎などの診療ガイドライン作成委員、消化管膵神経内分泌腫瘍疫学調査責任者などを務める。

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