頼れる「専門医」はどこにいる? 日本の医療が抱える専門医の課題

「専門医」として患者さんに信頼される医師を育てるには

本物の「専門医」とはどんなお医者さんでしょうか。みんなでこれからの医療のかたちをつくりましょう。

その看板に偽りナシ!?

 前回(2009年5月7日配信)の「Zoom ヘルスケア」コラム『検討される専門家としての「家庭医」養成』では、皆さんがお住まいの地域でどんな医師を望んでいるのかという視点で、これからの総合診療を支える人材をどうやって養成すればいいのかについて、「頼れる医師を育てる研修制度を、医療にかかわるすべての人たちが力を合わせてつくりましょう」と提案しました。「専門医」の養成についても、私たちは同じように提案したいと思います。

 専門医は「○○専門医」というかたちで、内科、外科、心臓血管外科など、ある特定の医療分野や診療科の名称に続いて呼ばれています。たとえば「心臓血管外科専門医」のように。

 ところで専門医について、次にあげることは正しいと思いますか?
1.看板に○○科、△△科、□□科、と書いてあれば、その分野の専門医として信頼できる
2.診療所などで「専門の先生にかかってください」といわれたら、病院に行けばいい
3.専門医は、技術・知識・経験など、すべての面で優れている
4.病気のことで困ったら、できるだけ専門医に診察してもらったほうがよい
5.病院であれば、すべての診療科に専門医を配置すべきだ

 現在のわが国の状況では、問題の答えはすべて「ノー」です。どうしてでしょうか。今日の医療が抱える課題と望まれる将来のかたちについて、考えていきましょう。

プロフェッショナルな医師は職分を知っている

 「学問とは広き言葉にて、無形の学問あり、有形の学問もあり。(中略)いずれにても皆知識見聞の領分を広くして、物事の道理を弁(わきま)え、人たる者の職分を知ることなり。」(福澤諭吉 『学問のすすめ』より)

 この一文の「学問」を「医療」に置き換えて考えてみましょう。どちらも世の中で役立てられることによって、人のため、社会のために助けとなり、認められるものです。そのためには「医療」に携わる当事者である医師が、プロフェッショナル(職業人)としてのプライドをもつとともに限界を自覚する、つまり職分を知る必要があります。
 また、「専門医」としての看板は常に社会に対して向いており、専門医とはどういうものであるのか、社会の人々が容易に理解できるものでなければなりません。

 専門医に対する一般の人のイメージは、「特定の病気に関して専門的な知識や技術をもっている医師」のことでしょう。しかし実際には、各学会などが個別に専門医制度をつくり、資格審査や試験に合格した医師を「専門医」と認定しています。そのため、「専門医」を認定する一定の基準はありません。

 そこで私たちは厚生労働省に対し「専門医とは、ある特定の領域で医療を行う医師のことで、研修や教育について一定の基準を満たした医師が認証されるもの」と提案し、認証にあたっては、学会内などその分野の医師だけではなく、専門病院や大学、研修医や医学生や地域の方々など、さまざまな立場の人が一緒に議論する場をつくりましょう、という提言を行いました。
 この提言は「医療における安心・希望確保のための専門医・家庭医(医師後期臨床研修制度)のあり方に関する研究班」のホームページでご覧いただけます。

 こういうことを踏まえながら、もう一度初めの問題を考えてみることにしましょう。

専門医が自分の役割に責任を負うことで、患者のための医療が実現

 1.ごく一部の診療科を除いて、その医師が受けてきた研修や教育内容に関係なく、診療科の看板(標榜)を掲げることができます。そのため看板が、その医師が専門医であることを表しているとは限りません。

 2.病院の医師、あるいは専門病院の医師であれば専門医である、とは限りません。一部の医療機関はホームページなどで専門医資格をもった医師を公開している場合もありますが、そうでなければ一般の人にはわかりにくい存在です。

 3.専門医は自分の得意とする領域については、知識・技術・経験ともに秀でているといえます、ただし、それ以外の領域については「職分をわきまえ」、別の医師や医療者と互いの強みを生かすように連携して医療が行われます。

 4.病気が疑われているとき、診断が確定していないときに、適切な診療や判断を行うことのできる医師は、ある特定の領域に秀でた「専門医」ではなく、前回すでに紹介した「家庭医(総合診療医)」です。

 私は肺がんを専門にして、多くの手術を手がけてきましたが、メスを執るといっても心臓の手術はしませんし、肺がんの画像診断のトレーニングを受けた医師には、診断能力では足下にも及びません。お互いの専門家が自分の果たすべき役割に対して責任を負うことで、初めて専門医として認められ、患者さんのための医療が実現できるのです。

優れた研修病院をつくるには地域の声を取り入れることが大切

 さて、最後の一問、5について。病院に専門医がいなければ、強制的にでも配置すべきだ、という議論がありますが、それは見当違いといってもよいでしょう。
 なぜなら、専門医としての能力を身につけ、継続的に知識や技術、経験を得ていくためには、専門にする分野と、地域における医療体制において任されている役割が明確にならなければなりません。その裏付けがないまま気が進まないところに強制的に配置されることになったら、だれだっておざなりな医療になるでしょう。地域の住民にも望まれない話です。

 また、専門医を育てるためには、充実した指導研修体制が整っていることが大切になります。たとえば(1)指導医や麻酔医がそろっており、研修教育や手術を行う環境が整っている、(2)地域の多くの人に支持され、患者さんが多く受診しているような医療機関は、内科や外科の専門医を目指す医師をはじめとして、多くの若い研修医師にとって優れた教育研修の場になるのです。

 研修教育体制が優れた研修病院をつくるには、その病院の医療者だけでなく、地域の総合診療を支える医師や看護師、在宅医や在宅看護師などに加え、地域の声をどれだけ取り入れられるかがカギになります。そのために地域住民の願いや明日の医療について、一人でも多くの方が関心をもっていただいたり、教育研修の議論に参加していただくことは、とても大切なことなのです。

(編集・制作 (株)法研)

【執筆】
土屋 了介先生


国立がんセンター中央病院 病院長
1970年慶應義塾大学医学部卒業。慶應病院外科、日本鋼管病院、国立がんセンター病院でのレジデントなどを経て、1979年国立がんセンター病院外科。専門分野は胸部外科学。2006年より現職。2008年厚生労働省「医療における安心・希望確保のための専門医・家庭医(医師後期臨床研修制度)のあり方に関する研究班」班長。良い医師を育てる新しい仕組みを一緒につくり上げていきましょう。そのためには、皆さんの「声」が大きな「力」になります。

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