再生医療の今とは-歯や毛の再生は2020年ごろに叶う?

歯や毛髪の再生研究から、臓器置換再生医療の実現に向けて

失った歯や毛髪を取り戻したり、自分の細胞から臓器や器官をつくり出すための再生医療の研究開発は日進月歩

再生医療の目指すゴールは、細胞から臓器や器官をつくり出すこと

 病気や事故などによって失われた細胞、組織、臓器・器官の機能回復を目的として、生物の再生や修復の仕組みを利用した医療を「再生医療」といいます。従来の医療では、機能を喪失した臓器・器官(注:複数種類の細胞からなり、特有の機能発現を示すものを器官といいます。器官の中で、胸腔や腹腔にある器官のことを臓器と呼びます)の代替治療として、人工材料や器具を用いた人工関節や人工内耳などの人工器官の利用や、他人から提供された組織や臓器を用いた皮膚移植・骨髄移植・臓器移植などが知られています。

 これまでの生命科学研究によって、生物の再生や傷の修復などの研究が進み、私たちの体は「幹細胞」と呼ばれる未熟な細胞によって維持されることが明らかにされました。幹細胞は、一生涯にわたって体の中に存在し、足りなくなった細胞を補ったり、生体の修復にかかわっています。言い換えれば、幹細胞は、ヒトの体をつくり機能させる根源となる細胞で、私たちが長期間、生命活動を維持できるのも、幹細胞の働きによるものです。
 再生医療では、この細胞を取り出して病気の人に移植したり(幹細胞移入療法)、細胞を加工して必要な細胞をつくり出して、病気を治療することができるのではないかと考えられるようになりました。

 幹細胞移入療法として、たとえば、白血病治療における「造血幹細胞」移植は、すでに医療現場で実用化されています。また、パーキンソン病治療のための「神経幹細胞」移植や、心筋梗塞部位への「間葉系幹細胞」移植などの医療技術も開発され、臨床研究が進められています。

 幹細胞を分化の順に大別すると、次のようになります。
 ●多能性幹細胞(万能細胞)
 体をつくるどの細胞にもなれる万能性を持つ細胞。受精卵が発生した「初期胚」から採取できる胚性幹細胞(ES細胞)や、胎児から採取できる胎児生殖細胞(EG細胞)が知られており、最近、体の中の最終的に分化した細胞から人工的に多能性幹細胞(iPS細胞)をつくり出す技術が開発された。
 ●組織幹細胞
 複数種類の細胞に分化できる多分化能と、細胞分裂により再生する自己複製能をあわせ持つ細胞。代表的なものに、すべての血液細胞になる「造血幹細胞」、骨・軟骨・心筋・脂肪になる「間葉系幹細胞」、神経やグリア細胞になる「神経幹細胞」などがある。
 ●前駆細胞
 分化する運命が決まった細胞で、増殖能が高く、最終分化する前の段階の細胞。機能細胞を補う。
 ●機能細胞
 幹細胞から最終的に分化して生み出される細胞で、細胞ごとに決まった機能を有する。体の中に約200種類存在する。

 今再生医療は、「幹細胞移入療法」から、「臓器置換再生医療」の開発・実用化が期待されています。これは、病気や事故などによって機能を失った臓器や器官と、本人の細胞を用いて体外で人為的につくった臓器や器官とを丸ごと置き換える技術です。
 今のところ、表皮細胞シートや角膜上皮細胞シート、心筋細胞シートなどの二次元の組織をつくる技術は、すでに臨床応用化が始まっています。一方、肝臓や腎臓などの臓器を再生するには、複雑な構造と複数種類の細胞に固有の機能を持たせる必要があり、生体外で複数種類の細胞を組み立てて、立体的な三次元の臓器や器官をつくり出す技術は開発されていません。

 この技術が開発・実用化されれば、患者さん自身の細胞をもとに臓器や器官をつくり、自分自身への臓器移植が可能になります。他人からの臓器提供を待つこともなく、機械的な人工臓器を埋め込む必要もなく、また免疫学的な拒絶反応を心配することもなくなります。
 この臓器置換再生医療の実現は、再生医療のゴールとも考えられています。

歯や毛を再生させる器官のタネ(器官原基)をつくり育てる研究開発に成功

 すべての臓器や器官は、それらのタネにあたる「器官原基」から発生します。器官原基は胎児期に、それぞれの臓器や器官に対応して、決まった位置に決まった数だけつくられます。たとえば、髪の毛のタネである毛包原基は10万個、歯のタネである乳歯歯胚は20個、永久歯歯胚は32個、内臓であれば肺原基は1個(左右で1個)、腎原基は2個といった状態です。ですから、臓器や器官が機能不全になったり喪失したりした場合、同じ臓器や器官を再びつくり出し、リカバーすることはできません。
 こういった場合の治療法として、現在考えられるのは、免疫的な拒絶反応を起こさない他の人の臓器や器官の提供を受けて移植する臓器移植治療だけです。ドナー臓器の提供を待つ間は、機械的な人工臓器を装着して機能を補うことになります。

 そこで、東京理科大学総合研究機構の辻孝教授の研究グループでは、体外で完成された臓器や器官をつくるのではなく、臓器や器官のもととなるタネ(器官原基)をつくり出す細胞操作技術の開発、およびタネ(器官原基)が正常な発生過程を再現して臓器や器官へと成長可能な技術の開発に取り組みました。
 まず挑んだのは、「歯」の再生です。器官原基は、「上皮細胞」と「間葉細胞」という2種類の細胞から構成され、その相互作用によって複数種類の細胞が生み出されます。そしてそれぞれの臓器や器官に特有の形や機能を持つように成長します。
 研究グループは、マウスの胎仔から歯のタネ(器官原基)を取り出して、上皮細胞と間葉細胞に分離。この2種類の細胞をコラーゲンゲルの中で、生体内と同等の高密度で凝集させ、それぞれの凝集体が混ざり合わないよう区画化して接触させました。この方法で再構成した歯のタネは、正常な歯と同じように発生することができることを突き止め、この成果を2007年に世界的に著名な学術雑誌「Nature Methods」に発表し、大きな話題になりました。

 歯の再生医療の実用化に向けては、再生した歯が、本来の歯と同様に機能的な歯であることが重要です。さらに同研究グループは、再構成した歯のタネ(器官原基)を歯の喪失部位に移植すると、歯肉を破って萌出し、適切な大きさに成長することを明らかにしました。
 再生した歯は、反対側の歯とかみ合せをとることができ、食べ物をかみくだくことができる硬さがありました。さらに、歯が歯根膜を介して歯槽骨に結合しており、成長や加齢に伴う変化にも対応できることや、圧迫や痛みなど外部から刺激を知覚できることなども明らかとなり、天然の歯と同等の機能的な歯を再生できたことを、2009年、米国科学アカデミー紀要(PNAS)誌に発表しました。

 さらには、辻教授の研究グループは歯と同じ外胚葉性器官である「毛包」にも着目し、再生した毛包原基(毛のタネ)をつくり、天然の毛と同等の毛ができることも明らかにしました。

 

本人の細胞から臓器や器官をつくり出すための今後の課題

 この研究開発は、次世代の再生医療の扉を開く、大きな一歩といえます。ただし、いくつかの課題を解決しなければなりません。一つには、臓器や器官のタネを再生するための細胞を患者さん自身の体の中から見つける必要があります。また、自分自身の細胞からつくり出したiPS細胞も免疫学的な拒絶がないことから候補の一つになると考えられており、再生医療の分野での研究が進められています。
 一方、臓器や器官には、それぞれ適した形や大きさがあります。マウスの歯では成功しましたが、ヒトへの応用を考えた場合、再生した臓器や器官の形や大きさをコントロールする技術開発も大事な課題です。
 さらに、臓器や器官の中でも肝臓や腎臓などは、十分に生体機能を維持できる大きさまで育てて移植する必要があります。しかし今のところ、器官原基を生体外で十分な機能を果たす臓器や器官になるまで育成できる培養システムはありません。臓器や器官を生体外で培養・育成するシステムの開発が、臓器置換再生医療の実現に向けた重要なカギとなります。

 辻教授の描く開発ビジョンでは、臨床試験を終えヒトへの適用が実現可能となるのは、毛包の再生で2020年ごろ、歯の再生で2030年ごろとしています。
 辻教授は、「歯や毛の再生は私たちの身近なテーマであり、多くの人々が研究開発の成果を享受できると期待されます。また、歯や毛の再生を臓器置換再生医療のさきがけとして、幅広い臓器・器官の再生を可能とする研究開発へつなげ、臓器移植を待つ重度の患者さんの臓器置換再生医療の実現を目指したい」と今後の抱負を語っています。

(編集・制作 (株)法研)

【取材協力】
辻 孝先生


東京理科大学 総合研究機構 教授
東京理科大学大学院 基礎工学研究科 教授
(株)オーガンテクノロジーズ 取締役
1984年新潟大学理学部生物学科卒。86年同大学大学院理学研究科生物学専攻修了後、山之内製薬(株)(当時)中央研究所研究員に。92年九州大学大学院理学研究科博士後期課程満期退学。日本たばこ産業医薬探索研究所主任研究員などを経て、2001年東京理科大学基礎工学部助教授、07年同大学同学部教授に就任。11年から現職。東京理科大学専門職大学院総合化学技術経営研究科教授を兼務。東京歯科大学客員教授。日本再生医療学会評議員、日本再生歯科学会理事、日本臓器保存生物医学会評議員。

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