(1)高齢者にみられる悪性腫瘍
 高齢者では約60%に、身体のどこかに悪性腫瘍が存在することがわかっています。そのうち悪性腫瘍が死因となるものは約半数、全体の約30%です。残りの約30%は亡くなられてからの病理解剖という検査で偶然発見されるもので、患者さんの命を奪う原因となるものではありません。
 消化器疾患が死因となる頻度は約33%と最も多く、心血管疾患の約15%、脳神経疾患の約13%などに比較して高率です。その消化器疾患の大部分は悪性腫瘍です。したがって高齢者の消化器疾患を考える時は、主として悪性腫瘍に焦点が当たってくるのです。
 高齢者の悪性腫瘍の特徴として多発がんがあげられますが、多発がんの頻度は年代ごとにほぼ直線的に上昇し、80歳以上では約21%に達します。ひとつのがんを発見した時には、他臓器のがんの存在を念頭に置く必要があります。
 なお、診療にあたって、高齢者・超高齢者の定義には一定したものはなく、疾患によって異なっています。1980年代には70歳以上、1990年代から2000年代には80歳以上を高齢者とした報告が多くみられます。一般的には平均寿命の伸びを反映して、高齢者は75歳以上とされています。もちろん生物学的に個人差が大きいことはいうまでもありません。
 外科的診療を対象にした患者層での75歳以上の高齢者の割合は年々増えています。外科における治療手段は手術と麻酔といった侵襲的(しんしゅうてき)なものであるため、手術前後の管理や合併症を起こしにくくする対策が必須となります。高齢者の消化器がん手術で合併症を起こしやすくする危険因子は、上部消化管手術では脳血管障害、肝障害、低栄養、糖尿病、ステロイド薬使用など、下部消化管手術では貧血、低栄養と報告されています。
(2)高齢者消化器救急疾患の問題点と対策
 高齢者ではとくに対応が遅れた時の身体に与える影響が大きいため、早期に治療を開始することが原則です。急性の腹痛をみたら、輸液・投薬をするのはもちろんですが、手術や観血的な緊急処置の適応をすばやくかつ慎重に判断しなくてはなりません。問題は、手術の適応があるにもかかわらず、経過観察されてしまう場合があることです。
 高齢者では炎症があっても血液生化学的所見で白血球増多のみられない例や、腹膜炎(ふくまくえん)があっても筋性防御(きんせいぼうぎょ)やブルンベルグ徴候(盲腸(もうちょう)部に圧迫を加え、それを離すと痛みがある症状)などの腹膜刺激症状を示さない例がみられるなど、理学的所見が典型的ではなく、患者さん本人の訴えが非高齢者に比較して乏しいことがあります。高齢者ならではの生体反応・精神活動の低下が病状を隠していることが原因で、手術に踏み込むことが遅れないよう、このようなことを念頭においた鑑別診断や的確な手術を行わなくてはなりません。
 手術を含めた治療法の選択にあたっては、さまざまなリスクを具体的に検討します。高齢者の消化器疾患の特徴として、高血圧糖尿病動脈硬化など慢性疾患を高率に合併すること(表8)、およびがんが関与する場合が多いことがあげられます。侵襲に対する調節機能低下、感染防御などの免疫機能低下もみられます。したがって手術・麻酔の侵襲による循環器系、呼吸器系の影響を的確に判断し、術後合併症の頻度を低くする努力をします。
 高齢者の場合にはとくに予後と生活の質(QOL)との関係を常に念頭に置いた対応が重要です。原疾患だけでなく患者さんの全身状態を考慮したバランスのとれた治療が選択されなくてはなりません。
 たとえば、S状結腸や直腸のがんや穿孔(せんこう)でひどい腹膜炎を併発していたり、全身状態が非常に悪かったりする時の緊急手術では、病変を切除して人工肛門を形成するハルトマン手術を行えば、術後の吻合部縫合(ふんごうぶほうごう)不全のおそれはなく、排ガスとともに早期の経口摂取も始められます。つまり、安全に命を救える手術になるのです。人工肛門はのちに全身状態がよくなってから元にもどすことができます。
 また、腫瘍切除による侵襲が大きいと考えられる場合には、腫瘍を切除せずに人工肛門造設のみにとどめることもあります。急性胆嚢炎(たんのうえん)に対する経皮経肝胆嚢(けいひけいかんたんのう)ドレナージ術(PTGBD)は、それのみで根治性を獲得する場合も多いのです。
 すなわち、全身状態の悪い患者さんに対しては以上のような縮小手術、緊急避難的処置の可能性を十分に考慮しなくてはなりません。これらの方法を知って対応することによって、救命率も上昇します。
(3)疾患別の対応
 高齢者の腹痛の原因となる代表的疾患としては、急性胃炎、急性腸炎、胃・十二指腸潰瘍(かいよう)、急性胆嚢炎腸閉塞(ちょうへいそく)、急性虫垂炎、消化管の穿孔、虚血性(きょけつせい)腸炎、上腸間膜動脈閉塞症(じょうちょうかんまくどうみゃくへいそくしょう)などがあげられます。
 山形大学消化器・乳腺甲状腺・一般外科における過去10年間の腹部緊急手術症例をみると、腹部手術総数2376件中約11%が緊急手術で、70歳以上は2・8%でした。腸閉塞イレウス)、穿孔性腹膜炎急性虫垂炎の順に頻度が高く、この3疾患で全体の83%と大多数を占めていました。
腸閉塞(ちょうへいそく)(イレウス
 高齢者では、がん性イレウスが非高齢者に対して高くなる傾向にあります。
 イレウスは高齢者の緊急手術のなかでは危険な疾患です。癒着剥離(ゆちゃくはくり)などで手術時間が長時間に及び出血量も増えるなど侵襲が大きくなること、栄養状態をはじめ全身状態が悪化していることが多いこと、がんの合併が多いことなどがその理由としてあげられます。したがって、高齢者のイレウスでは手術適応をすみやかに判断することが重要であり、実際の手術ではできるだけ侵襲を減らすこと、すなわち、手術時間の短縮、出血量の軽減が大切です。
 イレウスには血行障害を伴わない単純性イレウスと、血行障害を伴う絞扼性(こうやくせい)イレウスがあります。絞扼性イレウスは手術の適応となります。また単純性イレウスでイレウス管を挿入しても改善しない場合も手術適応となりますが、高齢者の場合、イレウス管によって肺炎を併発することがあるので、手術のタイミングを逃さないようにしなくてはなりません。高齢者のイレウス患者の手術適応因子のひとつとして、イレウス管が3日以上留置された場合をあげている専門家もいます。
汎発性(はんぱつせい)腹膜炎
 汎発性腹膜炎は、診断がつけばただちに手術を考慮する緊急性の高い疾患です。消化管や胆道の穿孔が原因となります。ほとんどの患者さんに細菌感染を伴うため、放置すれば確実に敗血症(はいけつしょう)性ショックに陥ります。
 私たちの施設では、発症後24時間以内に上部消化管穿孔で死亡した人はいませんが、下部消化管穿孔の場合は死亡した人もいます。下部消化管穿孔例ではゴールデンタイム(比較的治りやすい、発症から手術までの時間)は12時間以内であると考えられます。原因疾患としてはがんが52%と半数以上を占め、非高齢者に比較して高頻度です。
急性虫垂炎など
 急性虫垂炎は、高齢者では理学的所見が乏しいため診断に苦慮することが多く、病悩期間も長いため(図11)重症化しやすく注意が必要です。若年の成人に比較して蜂窩織炎性(ほうかしきえんせい)や壊死性(えしせい)の頻度が高いので、汎発性腹膜炎を来し、重篤な経過をたどる患者さんも多くなると考えられます。私たちの施設では病悩期間は高齢者で平均33時間、穿孔例では43時間でした。腹部の理学的所見や血液生化学検査だけでなく、腹部超音波検査、腹部CT検査、MRIなど適切な画像診断を早期に実施することが重要です。
 閉鎖孔(へいさこう)ヘルニアの嵌頓(かんとん)は、体表からの視触診ができないため、高度のイレウス症状や穿孔性腹膜炎を起こしてからようやく気づくことも多く、致死率も高くなります。やせた高齢の女性の腹痛・大腿部痛では、この疾患を念頭においた慎重な対応により診断が可能です。
 いずれの疾患でも、術後の合併症としては呼吸器合併症が重要です。術後の早期離床をすすめ、ハイリスクの患者さんにはネブライザーや積極的な背部のタッピングと痰(たん)出しが重要です。さらに重篤な場合には人工呼吸器・気管切開などを含む十分な呼吸管理が行われます。