行為障害を精神医学的診断名として採用するか否かは、考え方の分かれるところです。したがってこの項では、どんな病気か、原因は何か、どのような症状かといったカテゴリーでまとめるのではなく、以下に示すことに十分な注意を払ったうえで、「行為障害」という診断を用いる必要があることを指摘することにします。

行為障害は精神医学的診断名か

 日本精神神経学会は、1970年ころに精神医学的診断から「精神病質(せいしんびょうしつ)」(本書では人格障害(じんかくしょうがい)としています)を外すことを決断しました。その謂いに従えば、行為障害は精神医学的診断ではないことになります。
DSM‐IVでの記載
 なぜならば、日本で広く使われているアメリカ精神医学会の診断基準「DSM‐IV」は、この行為障害を精神医学的診断として採用してはいますが、これを詳細に読めば「学習障害(読字障害や算数障害など)」「運動能力障害(発達性協調運動障害)」「コミュニケーション障害(音韻(おんいん)障害や吃音(きつおん)など)」と並ぶ「注意欠陥および破壊的行動障害」のなかに位置づけており、「他者の基本的人権または年齢不相応の主要な社会的規範または規則を侵害することが反復し持続する行動様式」としているからです。
 つまり「社会的規範に沿う行動様式をとることができない」大人を人格障害とするならば、行為障害とはあくまでもその子ども版なのですから、人格障害を精神医学的診断としないと決めた日本精神神経学会の判断からいって、行為障害を精神医学的診断として取り上げることは不適切ということになります。
ICD‐10での記載
 また、広く流布(るふ)しているWHO(世界保健機関)の国際診断分類(ICD‐10)のF項は、精神医学的診断分類編というべきものですが、そのF9「小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害」では、F90「多動性障害」に続いてF91「行為障害」などがそこに位置づけられています。
 このF91の記載をやや詳細に述べると「行為障害は反復し持続する反社会的、攻撃的あるいは反抗的な行動パターンを特徴とする」とされ、「年齢相応に社会から期待されるものを大きく逸脱していなければ(診断しては)ならない」としているほか、「症例によっては、非社会性人格障害へと発展することがある」といっています。
 つまり、この記載に従えば、F6「成人の人格および行動の障害」のF60「特定の人格障害」のひとつである、F60・2「非社会性人格障害」(a.他人の感情への冷淡な関心、b.社会的規範、規則、責務への著しい持続的な無責任と無視の態度、など)と連続性が高いということになります。この非社会性人格障害には「小児期および思春期に行為障害が存在すれば、いつも存在するものでなくても、この診断(注:非社会性人格障害)をよりいっそう確実にする」と記載されていることからも、その関係は明らかでしょう。

行為障害は安易に使われている

 「行為障害」という用語は、何らかの事件に関わる、一見すると理解しがたい犯罪行為があった時に使われる傾向が高いといえます。その嚆矢(こうし)ともいうべきものが酒鬼薔薇事件と称される神戸連続殺人事件であり、その後に起こったいわゆる佐賀西鉄バスジャック事件でした。
 この用語は、精神医学的診断として一人歩きしてしまい、精神科医の間でもこの用語やその概念が適切なものであるか否かを論ずる間もないほどに日本を席巻してしまいました。この用語を精神医学的診断として用いようとする人は、必ずICDやDSMが示す“定義めいたもの”を引用しますが、ICDやDSMに記載されている診断名めいた用語のすべてが精神疾患を指すものではありません。つまり、精神疾患ではない精神障害もあるわけで、そこを明確に判断しなければならないことを知るべきでしょう。
 そもそも日本では、「精神保健および精神障害者福祉に関する法律(略称:精神保健福祉法)」の第5条によって「精神障害(者)」を「統合失調症、精神作用物質による急性中毒またはその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者をいう」と明確に定めています。つまり、日本においていう「精神障害(者)」は、あくまでも行政法である精神保健福祉法によって定義されたものであって、医学的判断による診断とはいいがたいものであることに注意を払う必要があります。