歯周組織(歯肉、セメント質、歯槽骨(しそうこつ)および歯根膜(しこんまく)、図30)のうち、歯肉に炎症が限局してみられる場合を歯肉炎といいます。歯肉炎は、プラーク(歯垢(しこう)ともいう)によって発症するものが大部分ですが、ホルモンの変調によって起こるものや服用薬物の副作用によって起こるものもあります。
 プラークがたまりやすい環境やプラークを除去しにくい因子(歯石、大きなむし歯、古くなった詰め物や冠など)、病状を悪化させる全身的な因子(口呼吸、血液疾患など)などが、複雑に絡み合って炎症が進行します。
 一般的に経過は慢性に進行しますが、急性に起こることもあります(急性壊死性潰瘍性(えしせいかいようせい)歯肉炎)。

●プラークによる歯肉炎(しにくえん)

歯肉炎とはどんな病気か

 口のなかにすんでいる細菌(口腔常在菌(こうくうじょうざいきん))がつくるプラークが主な原因です。口腔常在菌は、皮膚や腸内にいる常在菌と同様に、健康な人の口のなかにもすんでおり、通常は病原性を発揮しない状態でバランスがとられています。
 しかし、歯みがきを怠ったり、砂糖がたくさん入った食べ物を頻繁にとることによって、細菌が増殖しプラーク量が増えてバランスが崩れると、歯肉に炎症が起きます。プラーク中の細菌全体の病原性、すなわち非特異的な細菌によって起こる感染と考えられています。


 プラークは、歯ブラシの届きにくい歯と歯の間や歯肉の縁にたまり始め、歯肉に炎症が起きます。歯と歯肉との間の溝は深くなり、ポケットができます(歯肉ポケットあるいは仮性ポケットともいう)(図32)。
 しかし、細菌それ自体が歯肉中に侵入して炎症を起こすというより、細菌が産生する酵素や毒素が直接歯肉に影響したり、これらの侵入を防ぐ体の防御反応が自己破壊的に作用して、炎症が進展していくと考えられています。

症状の現れ方



 「なんとなく歯ぐきがむずがゆい」「リンゴを噛んだり、歯みがきすると血が出る」などの症状が現れます(表3)。
 鏡で歯ぐきを見ると、赤くなっている部分やはれぼったくなっている個所があることに気づくでしょう。この部分を指で押すと、ぶよぶよしており、指に血がつくこともあります。しかし、一般にこれらの症状は軽度で、痛みを伴わないことが多いので、治療を受けずに放置しておく人が少なくありません。

治療の方法

 歯肉炎の段階で歯科医を訪れ、早期に適切な口腔衛生指導を受け、生活習慣の改善に努めることが大切です。より重症な歯周炎になることを予防できるだけでなく、正常な状態に治ることも期待できます。

●思春期(ししゅんき)にみられる歯肉炎(しにくえん)

歯肉炎とはどんな病気か

 思春期(11〜14歳ころ)になると歯肉の炎症が悪化し、歯肉はより赤くなり、ぶよぶよし、出血しやすくなることがあります。とくにこの傾向は、女子に多くみられます。
 女子の場合、思春期になると血流中に女性ホルモンのうちエストロゲン(卵胞ホルモン)の一種であるエストラジオールやプロゲステロン(黄体ホルモン)などが増え、歯と歯肉の間にある溝(みぞ)(歯肉溝(しにくこう))から出る滲出液(しんしゅつえき)中にもこれらの女性ホルモンがみられるようになります。ここにすんでいる歯周病原細菌のうち、プレボテラ・インターメディア、プレボテラ・ニグレセンスなどが性ホルモンを栄養源として発育し、これらの細菌が増えることで炎症が悪化するのです。
 思春期のすべての子どもたちの歯肉に炎症が起こるわけではありません。思春期になる前から歯肉炎があった子どもたちの歯肉炎が悪化します。
 歯肉に炎症がなければ、思春期になっても歯肉は健康状態を維持することができるので、心配はいりません。思春期が過ぎれば炎症はある程度軽減しますが、完全に治ることはありません。

治療の方法

 治療の原則は、プラークコントロールを基盤とした早期発見、早期治療です。学校歯科医やかかりつけ歯科医のもとで、早めに適正な口腔清掃指導や生活習慣を改善するための指導を受けたり、歯石がある場合は取ってもらいましょう。
 定期口腔検査が必要なことはいうまでもありません。

●妊娠時(にんしんじ)にみられる歯肉炎(しにくえん)

歯肉炎とはどんな病気か

 妊娠2〜8カ月の間に、歯肉の炎症が悪化することがあります。このことは、前項の思春期にみられる歯肉炎と同様のメカニズムによって起こると考えられています。
 エストロゲン(卵胞(らんぽう)ホルモン)やプロゲステロン(黄体(おうたい)ホルモン)の影響で、もともとあった歯肉炎や歯周炎が悪化します。子どもと違い妊娠可能な女性では、年齢的にみても歯肉炎から歯周炎に進行していることもあるので、妊娠前から歯肉の健康維持に努めることが大切です。
 まれに、歯肉が数歯に限局してはれて、妊娠性エプーリスがみられることもあります。妊娠自体が原因ではなく、プラークが主原因であることから、妊娠中はとくにプラークコントロールに配慮するとよいでしょう。
 妊娠中の女性に重度の歯周炎があると、プラーク中の歯周病原細菌の影響で、早産や低体重児出産が起こると報告されています。

出産後の対処

 出産すると、ある程度歯肉の炎症は改善しますが、歯肉炎や歯周炎に自然治癒はありません。妊娠中はもとより出産後も、なるべく早期にかかりつけ歯科医や近隣の歯科医での受診をすすめます。