糖尿病網膜症とはどんな病気か

 糖尿病網膜症は糖尿病による眼の合併症のひとつで、放置すると失明に至る恐ろしい病気です。日本では糖尿病網膜症による視覚障害は年ごとに増え、中途失明の大きな原因になっています。ある程度進行すると、途中から糖尿病自体を治療して血糖値が正常域になったとしても、網膜症は改善することはありません。したがってその発症予防や進行の抑制が、この病気の大きな治療目標になります。

原因は何か

 糖尿病が原因で網膜症が発症するわけですが、その初期から血糖値が良好に維持されていれば網膜症を発症することはほとんどありません。しかし未治療もしくは血糖値が良好にコントロールされていない状態のまま数年以上放置しておくと、糖尿病網膜症が発症してきます。
 高血糖が原因の代謝異常の結果、網膜症が発症、進行していきますが、その主なメカニズムとしては、(1)ポリオール代謝経路の亢進、(2)酸化ストレス、(3)終末糖化産物(しゅうまつとうかさんぶつ)の蓄積、(4)プロテインキナーゼCの活性化の4つが大きなものと考えられています。
 病理学的には糖尿病網膜症は網膜毛細血管障害が初期の基本病態で、網膜毛細血管の壁細胞、血管内皮細胞(けっかんないひさいぼう)の障害に引き続き網膜毛細血管瘤(もうまくもうさいけっかんりゅう)が形成されます。


 それらの異常は血管の透過性亢進(とうかせいこうしん)を引き起こし(正常な網膜血管は他の血管とは異なり、血液成分が血管外にもれることはない)、点状出血や硬性白斑(こうせいはくはん)も現れてきます(単純糖尿病網膜症、図2)。


 さらに進行すると網膜毛細血管閉塞(もうまくもうさいけっかんへいそく)を引き起こし軟性白斑(なんせいはくはん)が現れてきます(前増殖(ぜんぞうしょく)糖尿病網膜症、図3)。ついにはそれらの網膜虚血が大きな引き金となって網膜新生血管が発生し(増殖糖尿病網膜症、図4)、硝子体出血などを引き起こします。さらに放置すると網膜剥離(もうまくはくり)の状態になり(図5)失明に至ります。
 以前から網膜血管の新生を促す物質の存在が予測されていましたが、近年の研究でその物質は血管内皮増殖因子VEGFというサイトカイン(細胞からつくられる生理活性物質)が主役になっていることがわかってきました。

症状の現れ方

 糖尿病網膜症は急激に進行するわけではなく、数年から10年以上かけて徐々に進んでいきます。網膜の中心部である黄斑部(おうはんぶ)に浮腫(むくみ)が発生すれば(黄斑症)、視野中心部のゆがみや視力低下を自覚してきます。軟性白斑や網膜出血が黄斑部に多発するようになると部分的な視野異常を自覚することもあります。
 軽度の硝子体出血では“かすみ”や飛蚊(ひぶん)症(視野に蚊が飛んでいるように見える)、高度の硝子体出血では視力低下を自覚します。網膜剥離が進行すると、網膜剥離に相当する部位の視野欠損が自覚されるようになります。
 いずれにしても自覚症状が認められるのはほとんどが増殖網膜症の時期になってからで、その時点ではすでに手遅れの状態になっていることが、この病気の特徴であり恐ろしいところです。

検査と診断

 糖尿病網膜症の診断には、眼底検査と蛍光(けいこう)眼底造影検査が必要不可欠です。内科で糖尿病と診断されたら必ず眼科も受診して、網膜症の有無を調べるため眼底検査を受ける必要があります。
 眼科ではまず視力検査と眼圧検査のあとに眼底検査が行われます。眼底検査で網膜症が認められたら、精密検査として蛍光眼底造影検査が行われます。眼底検査では網膜出血、硬性白斑、軟性白斑、硝子体(しょうしたい)出血、新生血管増殖膜(しんせいけっかんぞうしょくまく)など、ほとんどすべての眼底変化を診断することができますが、その予後に最も影響する血管閉塞(へいそく)の評価は行えません。蛍光眼底造影検査では新生血管の程度、血管閉塞の範囲、網膜浮腫の程度を正確に診断することが可能です。
 さらに形態学的な検査としては超音波検査、OCT検査があります。OCT検査では網膜浮腫の定量的な検査や、網膜硝子体境界面の詳細な形態変化を検査することができます。視機能検査としては、視野検査、網膜電位図、色覚検査、フリッカーテストなどが行われることがあります。
 見分けるべき疾患としては、網膜静脈閉塞症など網膜出血を来すすべての疾患があてはまりますが、眼底検査のみでもその特徴的な所見からほとんどの場合、見極めが可能です。

治療の方法

 糖尿病網膜症の発症・進行には、血糖コントロールの良否と罹病(りびょう)期間が強く影響しており、その進行を防ぐためには血糖値を下げることが必要です。しかし、やみくもに血糖値を下げることがよいのかどうかというと、答えはノーです。
 罹病期間が長く、進行した網膜症で、長期間無治療またはコントロール不良の症例において血糖値を急激に下げると、網膜症が短期間のうちに悪化してしまうケースがしばしばあります。現在では血糖コントロールの基準としてヘモグロビンA1C(HbA1C)6・5%未満を目標としますが、前増殖網膜症もしくは増殖網膜症のある症例のコントロール改善速度として、1カ月にHbA1Cを0・5%程度のペースで下げていくことが妥当と考えられています。
 また血圧が網膜症などの糖尿病合併症に影響することが証明されています。したがって高血圧の治療も網膜症にとって重要になります。
 厳格な血糖コントロールが網膜症の進行予防に必要なことはすでに述べたとおりですが、実際の臨床では個々の症例をすべて良好に管理することは不可能です。合併症としての網膜症を目標にした薬物治療が望まれますが、現時点で臨床的に網膜症に有効な薬剤はありません。
 糖尿病網膜症に対する眼科的治療は、網膜レーザー光凝固(ひかりぎょうこ)と硝子体手術があります。網膜レーザー光凝固は網膜に凝固斑をつくるために視野障害、色覚異常、視力低下などが発生することがあり、単純網膜症の時期からやみくもに行ってよいというものではありません。網膜レーザー光凝固が適しているのは、すでに血管新生が発生している増殖糖尿病網膜症の病期はもちろんですが、血管新生の発症を予防する意味で、前増殖糖尿病網膜症の病期に行うのが最もよいと考えられます。
 しかし、硝子体出血のある症例では網膜レーザー光凝固自体が不可能になります。さらに網膜レーザー光凝固に反応しない黄斑症(おうはんしょう)も大きな失明の原因になっています。このようなケースでは、ステロイド薬の眼球周囲もしくは眼内への注射がある程度の効果が認められる場合があります。網膜レーザー光凝固やステロイドの注射が効かないケースでは硝子体手術が最後の砦になります。硝子体手術では硝子体出血を除去するとともに、硝子体出血や牽引性(けんいんせい)網膜剥離の原因になっている血管増殖膜を取り除き、網膜を元の位置にもどすことが目的で、失明例は十数年前に比べると激減しました。

糖尿病網膜症に気づいたらどうする

 糖尿病網膜症に対する有効な薬剤が開発されていない現在では、やはり糖尿病初期からの血糖と血圧のコントロールが網膜症の発症予防にまず大切です。また不幸にして網膜症が発症した段階では、適切な時期に網膜レーザー光凝固治療や、ステロイド注射、硝子体手術が行われることが次に大切です。内科と眼科をあわせて定期的な通院治療が不可欠です。このことさえ守られれば、ほとんどの症例で糖尿病網膜症による失明は免(まぬが)れることができると思われます。
 内科医と眼科医との連携、さらに患者さん自身の自己管理が、糖尿病網膜症による失明を防ぐ意味で最も大切です。