大正時代の日本の医学書に「唇裂(しんれつ)・口蓋裂(こうがいれつ)は白人に多い病気で日本人にはまれ」と記載されたものがあります。現在のような形成外科手術が発達しておらず、自宅分娩が多かった当時は、顔面の奇形をもった子どもは何らかの形で選別されていた可能性が考えられます。

多因子遺伝とは

 唇裂・口蓋裂は多因子遺伝性疾患です。この疾患は家系調査をすると間違いなく家系内集積性(ある家系に集中して現れること)があるので明らかに遺伝性疾患なのですが、メンデルの法則には従いません。複数の遺伝子(個々の遺伝子の発現はメンデルの法則に従う)を想定し、それらの遺伝子群の相乗的な作用で病気の発現が決まると考えると遺伝現象が数学的に説明できます。一つひとつの遺伝子の作用は弱いので全体的には環境との相互作用で発現しているように見えるため、多因子遺伝という名前がつきました。
 実際の遺伝病では単一遺伝子異常のように1個の遺伝子異常だけで直接発病に結びつくようなものはむしろまれで、多くの疾患は複数の遺伝子が発病に関係しています。その意味では多因子遺伝性疾患こそ遺伝性疾患の中心だともいえるのです。

家族性腫瘍や生活習慣病

 多因子遺伝モデルの例として、家族性腫瘍と呼ばれるがん(乳がん大腸がんの一部)があります。がんの原因は細胞の増殖を司るがん遺伝子が異常増殖を開始したことによりますが、がん遺伝子に障害があるからといってすぐに発病するわけではありません。親から受け継いだがん遺伝子に障害があっても、突然変異による遺伝子の欠損や、他の遺伝子の異常が併発して初めて前がん状態から発がんへ進む過程が解明されています。
 生活習慣病や体質性の疾患、発病年齢が高い疾患は、このようにいくつかの遺伝子や環境因子との共同作用で発病へと至ります。

発病の予防に向けて

 多因子遺伝性疾患の発病に至る道筋は、遺伝子の研究によりかなり解明されてきました。とくにSNP(一塩基多型(たけい))と呼ばれる遺伝子多型(本来の機能はまだ不明の点が多いのですが、それ自身、障害を発現する遺伝子ではありません)の特定の組み合わせが、生活習慣病の発病や治療薬の感受性や副作用の出現に関係していることがわかってきました。
 SNP検査は生活習慣病になりやすい集団を遺伝子スクリーニングで見つけ、生活の改善により発病を予防する試みや、個人の体質に合わせたオーダーメイドの医療を提供するために盛んに研究されています。SNPなど遺伝子の検査は比較的簡単なため、消費者が医療機関を介さずインターネットで直接検査会社にオーダーできるようにしようという動きがあります。
 しかし、これらは臨床検査や医薬品の安全性や有効性を担保している薬事法の網の目をくぐって行われることが多く、基礎となる調査研究が不十分なデータを用いたり、いいかげんなものも少なくありません。各国で対策に乗りだしていますが、自分のかけがえのない健康に関することですから、国民一人ひとりが遺伝医学の基礎を勉強することと、医師や専門家(臨床遺伝専門医、遺伝カウンセラー)と相談したうえで判断することが大切です。
 このような遺伝子スクリーニングは生活習慣病(肥満、糖尿病高血圧、循環器疾患など)やがん(家族性腫瘍、その他のがん)が対象になっています。