がんは遺伝性疾患?

 がんは遺伝子の異常によって起こりますが、大部分のがんは遺伝しません。ちょっと混乱するような言い方ですが、この文章は正しいのです。
 遺伝性疾患という言葉は、遺伝子の異常によって起こる疾患を意味します。したがって、頻度の低いメンデル遺伝形式で伝わる単一遺伝子疾患も、染色体異常や先天奇形、さらに糖尿病本態性高血圧などの生活習慣病も遺伝性疾患なのです。これらは皆、程度の差こそあれ、遺伝子の異常がその病気の発症に関与しています。それでは遺伝子の異常があるのに、がんはどうして次世代に伝わらないのでしょうか?

加歳とともに増える遺伝子異常

 次世代に伝わるためには、精子や卵子を作る生殖細胞に遺伝子異常が存在しなければなりません。しかし、生殖細胞にがんを起こす遺伝子異常があることはまれです。
 精子と卵子が受精すると、細胞分裂や細胞分化を繰り返して体のさまざまな臓器ができ、ついには赤ちゃんとしてこの世に生まれてきます。赤ちゃんは生まれた後も大人になるために、さらに大人になった後も常に細胞分裂を繰り返しています。
 細胞分裂は言葉を代えて言うと、個々の細胞が自分自身のコピーを作ることです。私たちの体はコピーを作る際、間違いをなるべく少なくする仕組みをもっていますが、それでも間違いをゼロにすることはできません。すなわち、赤ちゃんから大人になり、さらに中高年になるまで無数の細胞分裂を繰り返すわけですから、体中に、遺伝子の異常をもった細胞ができるのです。
 いったん異常をもった細胞の子孫はすべて同じ異常をもち続け、さらに別の異常を重ねてもつようになります。すなわち、歳をとればとるほど、私たちの体の細胞は遺伝子異常だらけになってしまうのです。その細胞自身が生き残っていけないほどの異常が起これば消えていくこともありますし、免疫反応で取り除かれる細胞もあると思われますが、大部分の細胞はそのまま生き残り、細胞分裂を繰り返します。
 遺伝子のない部分で起こった異常はなんら影響がないと思われますが、重要な遺伝子の重要な部分に異常が起きると、細胞のはたらきに変調が起きます。

がん遺伝子とがん抑制遺伝子

 がんに関係する遺伝子は、がんを引き起こすアクセル役の遺伝子(がん遺伝子)と、ブレーキ役の遺伝子(がん抑制遺伝子)があります。がんが発生するということは、周囲の細胞と協調した秩序ある細胞分裂の仕組みが壊れ、勝手に細胞が増殖してしまう状態を意味します。がん遺伝子の異常が起こってアクセルを踏みっぱなしの状態になるか、がん抑制遺伝子に異常が起こってブレーキが壊れ細胞分裂を監視できなくなるか、あるいは両方が起こることが、がんの本態です。
 通常はひとつの遺伝子異常だけではがんが起こらず、複数の遺伝子異常が重なって初めて起こると考えられていますので、細胞ががん化するには時間がかかります。子どものがんは少なく、中高年からがんが増え始めるのはこのためです。
 また、たばこ、紫外線、特殊なウイルス感染は、この遺伝子異常発生を促進しますので、これらに暴露(ばくろ)されるとがんの発症年齢が早まります。
 以上の説明で大部分のがんは次世代に伝わらない理由がわかるでしょう。現在、日本人の死因の約30%はがんですので、親戚のなかにもがんになる人がいると思いますが、それは次世代に伝わるがんとはいえません。

次世代に伝わるがん

 次世代に伝わるがんは家族性腫瘍(かぞくせいしゅよう)と呼ばれ、がんのなかでは10%以下です。何人かの血のつながりのある家族・親戚に、乳がん大腸がんなどの特定のがんが、通常発症する年齢よりも若い年齢層で発症する特徴があります。
 たとえば、BRCA1あるいはBRCA2というがん抑制遺伝子に生まれつき異常があると、乳がんあるいは卵巣がんが起こります。また、APC遺伝子に異常があると家族性大腸ポリポーシスとなり、20歳前後から大腸がんが発生します。また、Rb遺伝子に異常があると、乳児期から網膜芽細胞腫(もうまくがさいぼうしゅ)という眼の小児がんとなります。