こころとからだの関係

 人は「身体的・肉体的」存在であるとともに「精神的・心理的」存在でもありますが、同時に「社会的・文化的」存在です。これを平たくいえば「からだ」があってこそ人なのですが、それとともに「こころ」あっての人であり、また「つながり」あっての人なのです。人は人とつながるだけでなく、その人が生まれ育ち、過ごした地域の文化を受けて生きているのです。

 本項の『こころの病気』を編集するにあたって、常に心がけたのはこのことです。これを具体的にいえば、『こころの病気』を単に『精神病』とか『精神疾患』というようにとらえず、この社会のなかで生起するこころに関わる問題をできるだけ広くとらえ、その問題がなぜ起こるのか、その問題をどのように解決したらいいのかを皆さんと一緒に考えたいと思いました。

 つまり『どんな病気』かを論じるのではなく、そしてその病気を『どのように治療するか』を論じるのではなく、なぜそのような『状態』に陥ってしまうのかとか、そこから抜け出すには『どうしたらいいのか』という視点で『こころの病気』と考えられていることを論じてみようと思ったのです。

 人を人たらしめる「こころ」ですが、その「こころ」は確かに「脳」が生み出すものです。だからといって「脳」の形やはたらきが悪いからといって「こころ」がゆがむというものでもありません。

 確かに「脳」がうまくはたらいてくれないと「こころ」をうまく紡いでもらえないのですが、これを「こころの病」とか「こころが病んでいる」とはいえません。仮に「脳」の形が悪かったりはたらきが悪いとしても、その「脳」がはたらけるような環境を用意するれば、その「脳」もよいはたらきをしてくれることがわかってきたからです。

 それを少々硬い言葉でいえば、その「脳」がよいはたらきをするように「脳」を取り巻く「環境」を整えることが重要だということになります。その「環境」には「体内環境」と「体外環境」があります。

 この「体内環境」は、いわばからだの調子といったもので栄養や運動などで整えられるものですし、血圧や心臓機能によって支えられるものといっていいでしょう。

 「体外環境」とは先に示した「つながり」であり、「社会的・文化的」存在としての人をめぐる環境なのです。つまり「体外環境」には、人間関係や自然を想定する必要があります。こころがうまくはたらくためには「脳」をめぐる「体外環境」、つまりその人を取り巻く人間関係や自然環境が整えられていないといけないというわけです。

こころの病気とは何か

 「病気」という言葉は「健康」と対比して使われますが、人の健やかさは「病気」をもっているか否かで分けられるものではありません。つまり「病気」がなければ「健康」というわけにはいかないのです。

 高血圧を例にとるとわかりやすいのですが、かつては収縮期血圧が160以上あると高血圧といわれていましたが、それがいつの間にか155以上、さらに150以上となり、今では140以下でないと正常とはいえないというほどになっています。

 こうした“決め方”が問題であるばかりか、最近のように「メタボ(メタボリックシンドローム)」が大騒ぎになると「病気」の概念がぐらぐら動くのがよくわかります。

 ましてや「こころ」について考えると、「こころが健やかである」か「こころが病んでいる」かという一線を引くことが難しいので、何をもって「こころが健やかである」というのか、何をもって「こころが病んでいる」というかがよく問題になります。精神医学ではその線をなるべくきちんと引くようにしてはいるのですが、その線の引き方も時代とともにいくらか動きます。

 この『こころの病気』の項でとりあげた「病気」であっても、精神医学が「疾病」といっているわけではないものもあげています。先にあげた高血圧もそうですが感染症であっても、ある細菌に感染したからといって「病気」とはいえないこともありますから、ましてや『こころの病気』といっても「病気」つまり「疾病」とはいえない「病気」もあると考えなければいけません。

 そのあたりのことを、私はよくヴィクトール・フランクルの言葉を引いて説明します。フランクルは精神科医ですが、その彼がアウシュヴィッツ強制収容所に収容されていた時のことを日本語訳『夜と霧』(みすず書房。旧訳は霜山徳爾、新訳は池田香代子)のなかで、「異常な環境条件のなかで異常体験があったからといって、それは異常なのではなく正常なのだ」と述べています。精神科医である彼自身が、異常環境である強制収容所のなかで幻覚を体験しているのですが、それを異常体験とはいわないといっているわけです。

診断名と分類について

 この100年、精神医学も急速な発展を遂げました。かつては「精神病は脳病である」ととらえていましたが、とくにこの20年は「精神病はこころが病んでいる病気」と考え、こころへのはたらきかけで「病気」を治療しようという考えに変わってきています。

 もちろん薬物療法も発展しましたが、単にその人にはたらきかけて、その人の心を変えようとする治療だけではなく、社会のありようを変えることからその人の地域生活支援を広げようとする社会復帰療法‐リハビリテーション療法が広がっています。

 診断についても今、大きく変わろうとしています。WHOの国際分類「ICD」とアメリカ精神医学会の「DSM」の分類が近づきつつあります。このほか、日本ではよく使われる診断があり、これを「従来診断」といいますが、精神科医によって使う診断分類が異なることもありますから注意を要します。

 重要なことは、『こころの病気』をよく理解するにはこうした診断名にこだわることなく、「こころ」は「からだ」と「つながり」の影響を受けながら「病気」といわれる状態から「健康」といわれる状態の間を動くものだと考える必要があることです。診断名にこだわることなくその人が何に苦しみ、自分はどうしたいと考えているかを理解しながら悩み苦しむその人に接したいものです。

(執筆者:吉川武彦