呼吸器の病気の現状

 人が考えたり、仕事をしたり、運動をしたりするためにはエネルギーが必要です。自動車はガソリンだけでは走らず、ガソリンに酸素を添加して燃やすことでエネルギーが産み出されます。人も食べ物だけではエネルギーが産み出されず、酸素の存在が必要なのです。その酸素を大気中から取り込む臓器が呼吸器であり、同時に、エネルギーを産み出す過程でできた炭酸ガスを大気中に放出します。

 酸素を取り込み、炭酸ガスを放出することをガス交換といい、人が生きていくために必要不可欠のはたらきで、このため1日に約1万lの空気を肺のなかに取り込んでいます。その空気は病原微生物(以下病原菌)や異物、粉じん、有害ガスなどを含んでいるので、肺にはいろいろな病気が引き起こされます。

さまざまな感染症

 空気中には病原菌、ウイルスがいるため、急性上気道炎、いわゆる“かぜ症候群”を容易に引き起こします。かぜ症候群は人が最もかかることの多い病気で、成人でも平均1年に4〜5回かかるとされています。なかでもインフルエンザが最も注目され、研究されて、インフルエンザウイルスの迅速診断キットや特効薬が使用できるようになっています。しかし、抗インフルエンザ薬が使用されるにつれ、若年者における異常行動の副作用が問題となり、また、耐性化が新しい問題として起こってきています。

 インフルエンザは数十年ごとに世界的な大流行を来すことが知られています。その時期にさしかかっているので、近年新型インフルエンザの発生が注目されていました。そしてついに2009年メキシコに端を発する豚由来のH1N1株による新型インフルエンザが発生し、世界中に広がりました。

 病原菌が肺に達すると肺炎を起こす可能性があります。肺炎は死亡率、発病率ともに高い重要な疾患で、日本では毎年約9万人が死亡し、死亡順位は第4位です。世界的には毎年500万人が死亡し、死因の第3位とされています。

 かつて日本の国民病といわれていた結核は、戦後に激減しましたが、まだまだ多く、毎年約2・5万人が発病しています。世界では900万人以上が発病して、200万人弱が死亡し、現在でもなお発病者は増え続けています。

アレルギー疾患や環境要因など

 肺を病原菌から守るために、気管支や肺には感染防御機構が発達しています。肺を守るはたらきが過剰になると、アレルギー性の病気を引き起こします。たとえば気管支喘息で、次第に増えてきており、呼吸器外来を訪れる最も多い疾患です。また、喫煙開始と関係のある急性好酸級性肺炎などもあります。

 空気中には有害な物質があります。紙巻たばこの煙がその最たるもので、このため肺がんが誘発されると考えられています。現在日本の死亡順位の第1位は悪性新生物、いわゆるがんであり、そのなかでは肺がんが最も多くなっています。また、全身にできたがんは肺に転移巣をつくります。

 喫煙や大気汚染と加齢が関係して、慢性気管支炎や肺気腫などの慢性閉塞性肺疾患が起こります。調査の結果、日本でも肺気腫が多いことがわかってきていますし、これからも増え続け、最も重要な呼吸器疾患になるものと予想されています。

 粉じんの吸入により珪肺、炭鉱夫肺などのじん肺を来します。現在注目されるのは石綿による肺病変で、なかでも胸膜のがんである胸膜中皮腫をみる機会が大変多くなってきています。

 肺は心臓と密接に関係していて、心臓が悪いと肺の病気(たとえば肺水腫)が起こり、また、肺が慢性的に悪いと心臓の病気(たとえば肺性心)が起こります。心筋梗塞に似て急性に発症し、致死的疾患となりうる肺塞栓症もあります。米国では現在、心筋梗塞に匹敵する重要な疾患であり、日本でも増えてきています。

原因不明の病気もある

 肺には原因不明の病気もあります。頻度の高い慢性間質性肺炎や、サルコイドーシスなどです。

 そのほか、代謝異常に起因するもの、全身疾患に伴うもの、遺伝性のものなど、いろいろの肺の病気があります。大きな社会問題になった睡眠時無呼吸症候群(SAS)などの呼吸調節の異常によるものもあります。

 さらに胸膜、横隔膜、縦隔などの臓器が肺の周囲にあり、それぞれの病気があります。胸膜炎は頻度の高い病気ですし、最近では石綿(アスベスト)の吸入による胸膜中皮腫が話題となっています。

今、とくに気をつける病気:新型インフルエンザの恐怖

 ここ数年、鳥インフルエンザ(H5N1株)が注目され、その株がヒトの間で大流行するように変異し、新型インフルエンザとなるのではないかと予想されていました。ところが2009年メキシコで豚由来のH1N1株によるインフルエンザの流行が始まり、瞬く間に世界中に広がり、新型インフルエンザとされて、世界ことに日本で恐慌を来しました。このインフルエンザに関する正確なデータはいまだ出ていませんので、その評価は後日に待つべきですが、本書でもコラムの項を始め数カ所で記載されています。

今、呼吸器の病気で注目されること

 主な疾患に対して一定水準以上の診療を受けていただくために、ガイドラインが用意されてきています。

 呼吸器の病気に対しては、日本呼吸器学会が以下のガイドラインを発表しています。

・成人市中肺炎診療ガイドライン(2005年・2007年)

・成人院内肺炎診療ガイドライン(2008年)

・成人気道感染症診療の基本的考え方(2003年)

・咳嗽に関するガイドライン(2005年)

・COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン(2004年、第三版2009年)

・酸素療法ガイドライン(2006年)

・薬剤性肺障害の評価、治療についてのガイドライン(2006年)

・ALIARDS診療のためのガイドライン(2005年)

・漢方薬治療における医薬品の適正な使用法ガイドライン(2005年)

・特発性間質性肺炎診断と治療の手引き(2004年)

・禁煙治療マニュアル(2009年)

があります。

 また、参考として「喘息予防・管理ガイドライン(厚生省〔現厚生労働省〕研究班2003年)」があります。

 日本呼吸器学会のホームページはhttp://www.jrs.or.jpです。

本編の分類、編成について

 呼吸器の病気として最初に、鼻腔、咽頭、喉頭、気管、気管支の感染症であり、最も頻繁にみられる“かぜ症候群”について述べました。続いて、肺の病気に移り、まず感染症としていろいろの原因による肺炎について、次に特殊な感染症である結核について述べました。

 4番目にアレルギーによる肺の病気、たとえば気管支喘息などを、5番目に慢性気管支炎、肺気腫などの閉塞性肺疾患について述べていきます。続いて慢性間質性肺炎などの肺の拘束性疾患、肺の悪性腫瘍、すなわち肺がんと続け、肺の血管系の病気、その他の肺疾患の順としました。

 そのあとに、胸膜の病気、縦隔の病気、横隔膜の病気、の順に解説しています。

(執筆者:松島敏春