脳・神経・筋の病気とその特徴

 人間の体はたくさんの臓器から成り立っています。医学の進歩とともに、心臓、肺、肝臓、腎臓などはほかの人からの移植が可能になり、また、人工呼吸器や人工関節なども精巧なものがつくられるようになりましたが、脳だけは他人から移植されたり人工のものに代えることはできません。これができるのは空想映画や漫画の世界だけです。したがって、脳死が心臓死よりも優先されるべきという考えが成り立つのです。

 それほど、人間にとって最も大切な臓器である脳は、ものごとを考え、人を愛し、見えたものを口に出してその名前を言ったり、聞こえた言葉を理解したり、また痛みを感じたり、命令を出して手足を自由に動かしたりするはたらきをします。一方、皮膚で感じたことを脳に伝えたり、脳の命令で手足を動かす時には末梢神経がその通路になります。手足が動くのは実際には筋肉が動くからです。

 したがって脳の病気では、意識がなくなったり(昏睡)、ものごとが正しく考えられなくなったり(認知症)、運動の命令を伝える神経は脳のなかで反対側に交差してから左右の手足に分布するので、病気の起こった側と反対側の手足が麻痺(片麻痺)したりするのです。

 また末梢神経の病気では部分的に感覚が鈍くなったり、手足の一部が動かなくなったりします。一方、筋の病気では筋萎縮症という言葉があるように、一部の筋肉や時には全身の筋肉が痛くなったり、やせてきたり、うまく動かなくなったりします。

 このような脳・神経・筋の病気には脳血管障害(脳卒中)、アルツハイマー病、脳血管性認知症、パーキンソン病、脳炎、髄膜炎、脳腫瘍、末梢神経炎(ニューロパチー)、筋ジストロフィー、その他の筋萎縮症などがあります。また、脳・神経・筋の病気があるかどうか検査しなければならない症状には、意識障害、頭痛、めまい、しびれ、言語障害、けいれん、手足の麻痺などがあります。

とくに気をつけるべき病気

 脳・神経・筋の病気は治りにくい病気(いわゆる難病)が多いので、どれもが気をつけるべき病気です。

 これらの病気のなかで日本人にいちばん多いのは、日本の国民病といわれる脳血管障害(脳卒中)です。成人の死因のトップは悪性腫瘍(がん)であり、第2位は心臓の病気、第3位が脳卒中となっています。しかしがんは全身どこの臓器にも、場合によっては血液にもできる(白血病)ことがあり、ひとつずつの臓器別に病気を分けるとそれぞれの数は少なくなります。心臓疾患も多いのですが、その半分以上はいろいろな病気の末期にも起こる心不全です。急激に起こる心筋梗塞は恐ろしい病気ですが、日本での死亡率は脳卒中より少なく、発症率は3分の1くらいといわれています。

 したがって、ひとつの臓器に起こる日本人の最も死亡率の高い病気は脳卒中ということになります。

 また最近話題の認知症は、高齢社会を迎えてますます増える傾向を示し、日本でも近い将来、かぜ、高血圧症、糖尿病、脂質異常症、胃炎などに次ぐ患者数をもつ病気になるのではないかと懸念されています。しかも、このなかで誰もがいちばんかかりたくないのが認知症かもしれません。

 パーキンソン病、脊髄小脳変性症、筋萎縮性側索硬化症、多発性硬化症、重症筋無力症などは神経難病(特定疾患)として分類されます。パーキンソン病なども新しい治療法がかなり進歩していますが、治りにくい病気であることには変わりありません。

 これらの神経疾患のなかで近年注目を集めたのは狂牛病とエイズ脳症、インフルエンザ脳症などでしょう。狂牛病に関しては本書のクロイツフェルト・ヤコブ病やプリオン病の項目をよく読んでください。エイズも、ほかの症状よりも認知障害だけが目立つことがあります。

 外来で診る脳神経系の症状でいちばん多いのは頭痛です。文明社会に生きる人の90%以上は、生涯の間に一度くらいは病院に行ったほうがよいかなと思うほど強い頭痛を経験するという報告があります。また、神経内科に来る外来患者さんの40%は頭痛を訴えています。

 この頭痛には、ただちに救急処置を要するタイプの頭痛(たとえばくも膜下出血の頭痛)と、慢性頭痛に分類される片頭痛や緊張型頭痛とがあります。いずれも専門医が診れば比較的診断や治療がしやすい病気で、とくに片頭痛にはトリプタン製剤と呼ばれる効果の高い薬が最近は出てきていますから、頭痛で悩んでいる人は、ぜひ頭痛の専門家である神経内科医の診察を早めに受けてください。

(執筆者:篠原幸人