近年、24時間社会の拡大により、国民の睡眠を取り巻く環境は大きく変化しました。しかし、ヒトは日中に活動し、夜に眠るのが本来の生物学的な姿です。

 睡眠は、生活習慣の一部であるとともに、神経系、免疫系、内分泌系などの機能と深く関わる、生活を営むうえでの自然の摂理であり、健康の保持および増進にとって欠かせないものです。

 睡眠不足や睡眠障害などの睡眠の問題は、疲労感をもたらし、情緒を不安定にし、適切な判断力を鈍らせるなど、生活の質に大きく影響します。また、こころの病気の一症状としても現れます。

 近年では、とくに無呼吸を伴う睡眠の問題(睡眠時無呼吸症候群)が、高血圧、心臓病、脳卒中の悪化要因として注目されています。さらに、事故の背景に睡眠の問題がある事例が多いことなどから、社会問題としても顕在化してきているところです。

睡眠状況の実態

 2000年に厚生労働省が行った保健福祉動向調査によると、1日あたりの睡眠時間は「7〜8時間未満」や「6〜7時間未満」である人が多いという結果が出ています。年齢階級別にみると、25〜54歳までは「6〜7時間未満」が最も多く、「55〜64歳」では「7〜8時間未満」が最も多くなっています。

 睡眠による休養の充足度をみると、睡眠時間が長くなるにしたがって充足度は高くなっています。睡眠による休養の充足度が「やや不足」「まったく不足」としている人について、睡眠不足の理由をみると、男性は「仕事・勉強・通勤・通学などで睡眠時間がとれないから」が40%で最も多く、とくに44歳以下では50%前後の割合を占めています。

 一方、女性は「悩みやストレスなどから」が30%で最も多いのですが、24歳以下では「仕事・勉強・通勤・通学などで睡眠時間がとれないから」「自分の趣味などで夜ふかししたから」の割合が多くなっています。なお、女性の「25〜34歳」では「育児のため」とする人が最も多く、31%となっています。

 中小企業者の営業とくらしの健康調査(1998年)では、労働時間が14時間超群の40%が睡眠5時間未満で、67%が睡眠6時間未満となっています。また、12時間超群の52%が睡眠6時間未満となっています。このように1日の労働時間の長い群では、睡眠時間が少ないという逆相関の結果になっています。そして、睡眠時間が短いほど「健康不安」「翌日に持ち越す疲労」が高率となっています。

睡眠不足の害

 歴史的な大事故のほとんどは、労働者の極度の睡眠不足が主要な原因のひとつにあげられています(表4)。睡眠が不足すると作業効率が悪くなり、不注意によるミスが多発し、ちょっとした居眠りが世界を巻き込むような大事故につながるのです。

 もっと身近な例では、交通事故があります。さまざまな調査の結果、睡眠不足の人が交通事故を起こす確率は、ぐっすり眠っている人の2〜3倍とされています。また、交通事故の発生時間を調べてみると、事故の件数は夜〜深夜の時間帯が非常に多いことがわかっています。これも睡眠不足による居眠り、不注意が事故の原因になるという事実を物語っています。

 自分たちは夜起きていても大丈夫だ、深夜に働いても頭がさえて注意力も十分だと思っていても、それは主観的な感覚です。実際は、主観的な眠気と客観的な眠気は解離しているということを認識しなければなりません。

 米国睡眠障害研究委員会の報告によると、睡眠障害によって交通事故などで失われる米国の経済的損失は、年間約460億ドルにのぼると算出されています。日本の人口は米国の約半分で、睡眠障害の発生率も米国のほぼ半分です。このことから、日本での睡眠障害による経済的損失は年間115億ドル、1ドル115円で換算すると、1兆3225億円と推定されます。たかが睡眠不足とあなどってはいけないことが、この巨額の数字からもわかります。

過労死認定基準の改正

 2001年、厚生労働省は、「脳・心臓疾患の認定基準(いわゆる過労死の認定基準)」を改正し、都道府県労働局長あてに通達を出しました。

 今回の改正では、疲労の蓄積で最も重要な要因として労働時間に着目し、発症前1カ月間に100時間以上の残業をした場合のほか、発症前2〜6カ月間に1カ月平均80時時間以上の残業が認められれば、「業務と発症の関連性は強い」と判断されることになります(表5)。

 また、この改正を受け、2002年同省は、脳・心疾患を防ぐためには過重労働の排除が必要として、労働基準局長通達「過重労働による健康障害防止のための総合対策」を出しました。

体への影響

 睡眠は、疲労回復に重要な役割を果たしています。睡眠のメカニズムは十分には解明されていませんが、脳の視床下部から免疫調整物質や睡眠調節物質が放出されることによって、睡眠が誘導され、脳神経系‐免疫系‐内分泌系のバランスの維持回復が行われていると考えられています。睡眠障害が起こると、このバランスがくずれ、疲労が発生し、さまざまな自覚症状が現れてきます(表6図5)。

 睡眠不足が身体機能に与える影響としては、免疫系と循環器系の機能低下が最も重大なリスクであるといえます。免疫系の機能が低下すると肌荒れが生じたり、かぜをひきやすくなるほか、発がんの危険性が高まることもわかっています。循環器系では心臓への負担が増大し、不整脈が発生、血圧も上昇し、とくに高血圧の人は注意が必要です。

 睡眠不足のために、セロトニンやメラトニン、そして成長ホルモンの分泌が少なくなり、逆にアドレナリンの分泌は多くなる傾向にあります。アドレナリンの分泌が増えれば、尿中に排泄されるビタミン量も増え、結果としてはストレスに非常に弱くなります。近年、とくに無呼吸を伴う睡眠の問題は、高血圧などにより心臓病や脳卒中につながるとともに、血液中の糖の濃度を適切に維持する能力が低くなる(耐糖能の低下)ことが報告されています。

(執筆者:和田 高士