悪玉コレステロールのLDLコレステロール-本当は必要な存在

「悪玉」とは言い切れないLDLコレステロール

虚血性心疾患のリスクを増やすとされるLDLコレステロールだが、低いほどよいとも言えない?

「高脂血症」から「脂質異常症」に診断名が変わったのは2007年

 脂質異常症は、高血圧と同様ほとんど無症状のため自分では気づきにくく、健康診断をきっかけに見つかることが多い病気です。脂質異常症は動脈硬化のリスクを高め、心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患のリスクを増加させるとされています。今回は、脂質検査で用いられる項目について具体的に見ていきましょう。

 脂質異常症はかつては高脂血症と呼ばれ、診断基準に総コレステロール値(以下TC)が用いられていました。日本動脈硬化学会が1997年に作成した「高脂血症診療ガイドライン」では、TC 220以上が高脂血症と定義され、2002年の「動脈硬化性疾患診療ガイドライン」でも同様でした。
 しかしその後、LDLコレステロール(以下LDL-c)やHDLコレステロール(以下HDL-c)、中性脂肪(トリグリセリド、以下TG)などの測定の疫学的データが積み重ねられ、少なくとも総コレステロール値だけではリスクを判断できないことがわかってきました。

 2004年の厚生労働省の国民栄養調査によると、TC 220以上の人は成人全体の32%と約3分の1を占めます。また、この基準を使うと女性では異常者の比率が増え、50代女性では54%と半数以上の人が異常値を示しました。この世代の女性は、閉経などにより女性ホルモンが減ることによってコレステロールが上昇することが知られています。
 ただし女性では、TCが高くても、善玉コレステロールと呼ばれるHDL-cの値が高く、悪玉コレステロールと呼ばれるLDL-cは必ずしも高くない場合がしばしば見られることがわかりました。また、わが国の50代女性の心筋梗塞の発症率は男性の約5分の1程度であることも報告されています。

 このような疫学データ等に基づき、2007年の日本動脈硬化学会の指針改定では『総コレステロール値220以上は高脂血症』という項目を診断の基準から外しています。新しい指針では『LDL-c 140mg/dl以上、あるいはHDL-c 40mg/dl未満、あるいはTG 150mg/dl以上』という検査値が導入され、診断名も「高脂血症」から「脂質異常症」に変更されました。また2008年に特定健診が導入されて以降、労働安全衛生規則に基づく一般健診も、TC値ではなくLDL-c値が検査項目として採用されました。
 企業や健康保険組合の健診項目で、脂質の数値がTC、HDL-c、TGからLDL-c、HDL-c、TGに変わったことに気づいた方もいるでしょう。一方で、まだTC、LDL-c、HDL-c、TGと4項目を測定している健診施設もありますし、会社の健診でも4項目を実施しているところがあります。

日本で広く用いられているLDL-c測定法には問題点がある

 ところで新しい診断基準で中心となるLDL-c測定値については、実はTCやHDL-c、TG値と比べ測定誤差があることが知られ、問題点があることが指摘されています1)

 LDLコレステロール(LDL-c)は、low density lipoproteinの略です。これは本来血液中の脂質を長時間、超遠心法を行うことで脂質と蛋白質との複合分子の集合体をひとまとまりとして測定します。
 しかし現在日本で広く用いられている「LDL-c直接測定法」は、超遠心によって分析する方法ではなく、複合分子であるLDL-cを測定するために、特定のリポ蛋白質脂質に結合する蛋白質を特殊な処理をした上で、最終的にLDLに含まれるコレステロールを測定するものです。試薬メーカによっていくつか異なる方法があり、まだ測定上の問題が多く存在していることが報告されています。

 2012年に改訂された日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」2)でも、LDL-cは「直接測定法」ではなくFriedewaldの計算式
(TC-HDL-c-TG/5= LDL-c)
から算出することをすすめています(ただしTGが400mg/dl未満の場合)。

2010年の「コレステロールは高めの方が長生きで良い」論争

 表1に2012年に改訂された日本動脈硬化学会の脂質異常症の診断基準を示します。この表で注目すべきは「スクリーニングのための」となっている点です。TCの基準値は、前回の2007年のガイドラインと同様示されていません。

 LDL-c 140mg/dl以上は高LDLコレステロール血症になります(TCでほぼ220mg/dlに相当)が、健康診断でこの範囲に入る人は非常に多く(2000年の血清脂質調査で約28%)、これらすべての人に薬物治療が必要なわけではありません。軽度高値の人では、むしろ減量や食事療法で改善する可能性のある人のほうが多いといえます。

 このような中、日本脂質栄養学会は2010年9月に「コレステロールは高めの方が長生きで良い」とする診療指針を公表しました。
 神奈川県伊勢原市の約2万6000人(男性平均64.9歳、女性平均61.8歳)を平均約8年間調べた研究で、男性はLDL-c100以上160未満の人が死亡率が低く、100未満で上昇。女性は男性ほどLDL-cの影響はみられないものの、120未満で死亡率が高いという報告です(図1)。この結果を基に「数値が高いほうが死亡率が少ない」としています。
 これに対して日本動脈硬化学会は反論の声明を出し、それぞれの学会がホームページ上で意見を表明しました。

 日本脂質栄養学会の疫学調査によると、男性の場合LDL-c100未満の集団では肺炎やがんでの死亡が増え、総死亡率が大きく上昇しています。LDL-cが低値になるような状態では、栄養状態も悪く感染症にかかりやすくなる可能性が考えられます。また、LDL-cが低値だからがんになったのではなく、がんの進行に伴ってLDL-cが低値になっていった人もいるので、因果関係を立証するのは難しいでしょう。しかし、虚血性心疾患などの既往のない集団では、必ずしもコレステロールが低ければ低いほどいいというわけでないと言うことになります。
 図1を見ると、男性ではLDL-c140~159の人が最も死亡率が低く、160以上の人でも、100未満の人と比べ死亡率は低めです。一方女性では、LDL-c120~139の人が最も死亡率が低く、140以上でも死亡率はほとんど上昇していません。

 LDL-c180以上の人の中には、家族性高コレステロール血症といって若い頃からLDL-cの高値を示す(大部分はLDL-c200以上)人がいて、30代や40代でも心筋梗塞を発症することがあります。そのような人には、若い頃から薬物療法が必要な場合もあります。また糖尿病や高血圧、喫煙習慣(LDL-c以上に虚血性心疾患のリスクを上昇させることがわかっている)がある場合は、動脈硬化が進行する可能性を考え、生活習慣の見直しだけでなく薬物治療が必要な人もいます。ただし、これらのリスクファクターがほとんどなく、LDL-cだけが軽度高値なだけでは必ずしも薬物治療の対象にはなりません。

「悪玉」も体にとって不可欠。難しい「善玉」を増やす薬の開発

 「悪玉」コレステロールと呼ばれるLDL-cですが、細胞膜や神経細胞を作る上で必須の成分ですし、健康を維持するためのさまざまなホルモンの元にもなります。人の体にとって不可欠のものであり、増えすぎなければ動脈硬化の原因にはならないので、「悪玉」と呼ぶのは必ずしも正しくありません。
 コレステロールは、通常必要量の約8割が肝臓で合成され、残りが食べ物から摂取されます。ただこの比率にも個人差があり、卵をたくさん食べても血液中のコレステロール値が上昇しない人もいます。しかし一般的には、肥満などが原因でLDL-cが上昇している人は、減量することで血液中のLDL-c値を10~15%前後は減少させることができます。

 さて、LDL-cを低下させる薬は、これまでスタチン系と呼ばれる薬を中心に多数開発されて広く使われてきたのに対し、HDL-cを上昇させる薬はまだ市場に出ていません(治験中の薬はあります)。HDL-c低値はLDL-c高値と同様虚血性心疾患のリスクを上昇させることがわかっています(図2参照)。

 HDL-cを上昇させると注目された薬の開発が行われ、第3相試験と言って市場に出る直前まで行ったこともあります。しかし多くの症例の解析により、内服治療によってかえって虚血性心疾患のリスクが増えることがわかり、販売に至りませんでした。
 その経緯はこうです。米国大手の製薬会社ファイザーは、トリセトラピブ3)というそれまでのスタチン系薬剤とは異なるCETP阻害剤を開発し、LDL-cを低下させるだけでなく、HDL-cを大幅に増やすことができる新薬を期待して第3相試験を行っていましたが、2006年12月、突然薬の開発を中止すると発表しました。

 これは、それまでLDL-cの低減効果のあることがわかっていたスタチン製剤との併用試験だったのですが、トリセトラピブとスタチン製剤との併用群では、HDL-cが上昇するにもかかわらず心疾患の死亡率が上昇するということがわかり、第3相試験の最中に急に中止となったのです。
 このことは、HDL-cを薬剤で上昇させるだけでは必ずしも虚血性心疾患の予防にならないとの警鐘にもなりましたし、副作用の少ないHDL-c上昇作用のある薬剤の開発へと慎重な治験が行われるきっかけともなりました。

 さてLDL-c、HDL-c、TGなどの脂質異常は、食事に気をつけ体重も標準体重に維持できても異常値が出る場合があります。そのような場合でも、定期的な運動習慣やウオーキングの効果が報告されています。
 米国の約7万2千人の看護師を対象に8年間追跡した研究(1999年発表)では、水泳、テニス、ランニングなどの強い運動を週に1.5時間行っている人は、心筋梗塞のリスクが30~40%低かったと報告されています。また強い運動までしない人でも、週に1~3時間程度早足で歩く習慣がある人は、心筋梗塞などの虚血性心疾患のリスクが3割程度減ることも報告されています4)

【参考文献】
1) 横山信治. LDLコレステロール直接測定法の問題点 日本医師会雑誌140:1196-1197,2011
2) 動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2012年版 日本動脈硬化学会
3) N Engl J Med 350:1505-1515,2004
4) N Engl J Med 341:650-658,1999

(編集・制作 (株)法研)

【執筆】
石川 隆先生


丸の内クリニック理事長・院長
1981年東京大学医学部医学科卒。1983年東京大学医学部附属病院、都立駒込病院などで臨床研修の後、88年東大病院第三内科文部教官助手。90年カルフォルニア大学サンフランシスコ校ポストドクトラルフェロー。94年に帰国し、東大病院第三内科。99年東京大学保健センター講師。2011年丸の内クリニック理事長・院長に就任。専門は内科学・消化器病学・肝臓病学・健康管理など。著書に『生理学の基本がわかる事典』(監修)(西東社)、『わかっちゃう 図解 ウイルス』(監修)(新紀元社)。
丸の内クリニックのHP:http://www.marunouchi-c.org/

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