家庭医が綴る福島からのメッセージ 3-日頃の健康管理の重要さ

福島から発信する新しい医療体制の提案

どんな状況下でも機能し続ける地域全体の健康づくりを、国民一人ひとりが主体的に参加し創りあげていこう

震災で崩壊した地域医療と医療連携

 質の高い医療が地域で円滑に提供されるための条件として、地域の診療所の医師と病院の各科専門医との良好な連携は最も重要な要素と言えます。今回の大震災の急性期においても、軽症な患者さんのケアや慢性疾患の継続的管理、および疾病予防のための生活指導などを担うべき地域の診療所の医師の役割はきわめて重要でした。
 しかし、実際は地域の診療所の多くが診療を継続することができなくなり、地域医療を守るネットワークとして機能しませんでした。その結果、多くの人々が直接病院へ殺到し、病院の医療スタッフは疲弊してしまい、より重症な患者や専門的な治療を要する患者のケアといった本来病院が担うべき役割を果たすことが困難になりました。このような事態が起きてしまった理由は……。

 被災地ではあらゆる連絡手段が一時完全に寸断されました。その結果、系統立った医療連携が立ち行かなくなったことで地域医療の崩壊を招いたという指摘があります。また、原発事故による放射能汚染の影響で支援物資の物流が滞り、いわき市をはじめ福島第一原子力発電所の周辺地域では水や食料のみならず深刻なガソリン不足を来しました。そのことが医療機関の職員の通勤や訪問診療・訪問看護をも困難にし、小規模な医療機関から順に診療中断を余儀なくされていったことも事実です。しかし、原因は本当にそれだけなのでしょうか?

日本の地域医療システムの脆弱さ

 現在の日本では、地域の診療所の医師のほとんどは個人開業で、しかもその大多数は開業直前まで病院勤務していた各科専門医です。したがって家庭医のように何でも相談して診てもらえるというわけにはいかない場合が多いようです。「○○胃腸科医院」「◇◇脳神経外科クリニック」といった具合に、診療所名や看板の表示を見ると医師の専攻科目がわかるようになっていて、症状や目的に応じ、患者さん側が診療所を自由に選んで受診しています。このことは、誰でも自由に専門的な医療が受けられるため、日本の医療システムの良い点として捉えられる場合もありますが、裏を返せば、医療の素人である患者さん側が何科にかかるべきか自分で判断しなければいけないという短所にもなります。
 また、地域医療を支えるべき診療所の役割分担が、地域ごとではなく診療科ごとに分かれているため、「この地域はあの先生が診てくれる」とか、「この地域は診療所ごと被災してしまったので、隣の地域のあの先生がきっと助けてくれるはず」といった暗黙の了解は存在せず、地域における医師の責任が曖昧なのです。
 私は今回の震災を通し、さまざまな健康問題を抱える多くの人々を地域包括的に効率よくケアすることが求められる場面に直面し、今の日本の地域医療システムが、災害時においていかに脆弱で非効率的であるかを痛感しました。では、日本の医療の欠点が露呈するのは災害時だけでしょうか?

 多くの人々が直接病院へ殺到し、病院の医療スタッフが疲弊してしまうという状況は、もはや日本では災害時限定の特殊な問題ではなく、実は毎日のように起きている重大な社会問題と言えるのです。診療所の医師のほとんどが個人開業している現状では、たとえ担当している患者さんであっても、一人の医師で24時間365日対応できる体制を整えることは現実的ではありません。それでも医師がプライベートを犠牲にしていつでも患者さんと連絡がつく体制を整えている場合や、地域の医師会や行政の努力で休日夜間診療所や当番医を設けている場合がありますが、あらゆる健康問題が持ち込まれる時間外診療では、病状によっては専門外の問題で対応が難しいケースも少なからずあるようです。結局、休日や夜間には患者さんが病院に殺到しやすい現状なのです。

個人の努力から福島県全体、そして国全体の動きへ

 避難所で多くの人々が不安な時を過ごす中、一人の先生が診療所近くのいくつかの避難所を毎日巡回していました。ご自身の診療所自体も被災しているのにもかかわらず……。「薬がなくても、優しい言葉と笑顔が医者の原点」と語るその先生は、私が家庭医を志すきっかけとなった最も尊敬する人物の一人です。危機的状況の中で、慣れ親しんだ地域のかかりつけ医からの「大丈夫、心配ないよ」という言葉が、どれだけ多くの勇気を与えたかは言うまでもないでしょう。
 その先生は、いわき市にある小さな漁村の診療所で50年以上にわたり、その地域の医療を守り続けてきました。そう、年齢や疾患領域を問わず地域に発生するあらゆる健康問題に真正面から向き合い、まさに家庭医と同様に地域に根差した医療を実践し続けてこられました。その姿勢は今回の未曾有の大災害の中にあっても何ら変わることはありませんでした。

 このように、家庭医療の専門研修の経歴がなくても、個人の努力で既に地域で家庭医の役割を立派に果たされている先生方もおられます。それはとても尊敬に値することなのですが、そういった個人の努力に支えられている日本の地域医療システムは、いかにも脆弱であると言わざるを得ません。また、現在の日本の医学教育制度の中では、個人の努力だけで家庭医に必要な能力を身につけることは極めて困難であり、実際に家庭医の数が絶対的に足りません。医学の進歩により、医療の専門分野は急速に細分化し、患者さん側にも各臓器ごとの専門医による治療を求める傾向が強まりました。医学教育も縦割りの専門研修が中心となり、その結果、あらゆる健康問題に対応する家庭医が育ちにくい研修環境になってきました。

 しかし、実は福島では、「家庭医が綴る福島からのメッセージ1」で既述のとおり、地域医療再生のため当講座を中心に既に県ぐるみで家庭医育成に取り組んでいました。県内各地での研修は順調に進み、すでに若い家庭医たちが育っていて、各地の家庭医療研修施設を舞台に地域・家庭医療センターを随時オープンしています。

 それでも、未だに多くの方々が避難生活を強いられている福島では、このプロジェクトはよりスピードを上げて遂行することが求められていて、家庭医の数がまだまだ足りない現状です。今こそ多くの家庭医を次々に育成する必要に迫られています。
 そして、家庭医育成はもはや福島だけの課題ではありません。家庭医を志す日本中の医学生・研修医が、みな当たり前のように家庭医の専門研修が行えて、すでに地域の診療所で医療を実践している医師も家庭医療実践のために必要な技術を学ぶことができる環境を、一刻も早く整備する必要があります。

地域ぐるみ、そして国民参加型の地域医療再生へ

 最後に、福島の家庭医から国民の皆さんへのメッセージを2つ贈ります。

(1)主体的にご自分やご家族の健康管理をしましょう!
 大規模災害などで惨事が襲ってきたとき、最終的に自分や家族の命を守れるのはあなた自身です。今回の震災のように、健康手帳やお薬手帳が津波に流されてしまったり、医療者側で管理する診療情報が喪失、または電子カルテシステムのダウンにより一時的に利用できないような事態が発生すると、頼れるのは患者さんの記憶だけになります。どんな事態に陥っても容易に崩壊しない、より強固な地域医療を実現するためには、医療者側だけでなく、患者さんも日頃から主体的に健康づくりに参加していくことが肝心です。

 しかし、記憶だけに頼るのはあまりにも心もとないですよね。災害時には思わぬものが大活躍することがある一方、「これさえあれば大丈夫!」というものも存在しません。ですから、いざという時のバックアップになるツールは多ければ多い方が安心です。例えば、日頃から健康管理のための情報 (体重、血圧、健診データや常用薬など)をオンラインで自分で入力していたおかげで、手持ちの健康手帳やお薬手帳を失い、かかりつけ医療機関が機能しない状況に陥りながらも、遠方の避難先で自ら健康管理に必要な情報を引き出すことができたというケースがありました。単に今回情報を引き出せただけでなく、日頃から自分の健康に対して十分な理解と高い関心をもっていたため、適切なセルフケアにもつながったようです。

(2)どんなときも地域住民とともに歩んでくれる家庭医を求めましょう!
 これまでは「そんな医者は周りにいない」とあきらめていたかも知れません。しかし、求めないものは決して提供されません。国民全体から家庭医を求める声が増えれば、家庭医育成と理想の地域医療の実現に向けた動きが急激に加速するでしょう。地域住民とともに生き、苦しいときもうれしいときもいつも寄り添ってくれて、いざというときに助けてくれる「あなたの家庭医」を貪欲に求めて欲しいのです。
 また、家庭医が日頃から地域の保健師や看護師、ケアマネジャー、行政職員らとともに、地域住民に対し健康問題に関する適切な指導・管理を行っていれば、災害時でも日常でも地域住民が主体的に疾病予防やセルフケアを行うことができるようになります。
 今回の震災で学んだことを無駄にしないために、どんな状況下でも機能し続ける地域全体の健康づくり(地域医療ガバナンス)を、地域で利用できるすべての医療資源を総動員しつつ、国民一人ひとりが主体的に参加して創りあげていくのです。そして、地域医療ガバナンスの構築のために指導的役割を果たすことができる家庭医の育成を支援していただきたいのです。

 これからも私たちの前には数多くの困難が立ちはだかるでしょう。しかし、困難だからといって先延ばししている余裕は、もはや今の日本にはありません。“待ったなし”でやるしかないのです。私には家庭医療に対する熱い思いを共有し、支え助け合うことができる多くの仲間がいます。そしてこの思いが皆さんにも伝わり、国民一人ひとりの行動につながれば、理想の地域医療再生は必ず成し遂げられる! 私はそう信じています。

 *タイトル横の写真は、手をとり合う患者さんと看護師です。
 *被災した病院の写真は、財団法人 星総合病院の提供によるものです。

(編集・制作 (株)法研)

【執筆】
石井 敦先生


福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座 助教
福島県生まれ。福島県立磐城高等学校卒業。1998年聖マリアンナ医科大学医学部卒業後、いわき市立総合磐城共立病院初期研修医、聖マリアンナ医科大学総合診療内科病院助手などを経て、2008年より現職。日本プライマリ・ケア連合学会所属。福島県内各地の研修協力医療機関に赴き研修医・医学生の指導を行う。生まれ育った郷里のために働ける喜びを胸に、福島県全域に家庭医療が普及・定着し、さらに日本全国へと拡がっていくことを夢見て日々活動している。当講座の活動の詳細はHPをご覧ください。

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