耳の軟骨で鼻再生が実現-口唇口蓋裂治療に軟骨再生医療

耳の軟骨を採取、鼻の形の軟骨を再生させる臨床研究が進む

口唇口蓋裂など高度な鼻変形の治療法として、さらには日本の再生医療発展のシンボルとして注目されている

自己修復できない軟骨の治療に期待される再生医療

 よく「軟骨がすり減ってひざが痛い」というように、軟骨は骨を保護するクッションの役割をしたり、関節のなめらかな動きに重要な働きをしています。それだけではなく、鼻や耳の形を保っているのも軟骨です。
 先天性の異常やけが、老化に伴う病気などで軟骨にいったん欠損や変形が生じてしまうと、自然に回復する、つまり自己修復することはほとんどありません。このため患者さんは、顔などの本来の形が保てず精神的な苦痛を感じたり、日常生活や仕事に必要な動作が(円滑に)できず不自由を強いられたりしています。

 これを再生医療で克服しようと、東京大学大学院医学系研究科外科学専攻 感覚運動機能医学講座、口腔外科学分野の高戸毅教授、同軟骨・骨再生医療寄附講座の星和人特任准教授らのグループが、鼻の形の軟骨を再生させる技術を世界に先駆けて開発し、現在臨床研究を進めています。

 再生医療とは、患者さんの体の細胞や組織の一部を取り出し、培養皿のなかで成長させて、必要な組織や臓器を再生させる医療です。再生させた組織や臓器を患者さんの体に移植することで、組織や臓器の異常や変形、欠損を治療するわけです。
 自己修復がほとんどできない軟骨の治療には、このように体外で培養して人工的に軟骨をつくる再生医療の導入が待たれていたのです。

軟骨を培養してコラーゲンなどの「足場素材」に加える

 高戸教授らが開発したのは、鼻に適した硬さと形をもった再生軟骨です。実は、液状、あるいはゲル状(ドロドロの状態)の再生軟骨はすでに使用可能になっていますが、硬さが十分ではないために、鼻などのように形と大きさを確保する再生軟骨としては使えませんでした。特に鼻の「高さ」をつくるのが困難でした。
 液状やゲル状では患部に「注入する」ことになりますが、十分な硬さがあれば「埋め込む」ことができます。そこで新たに開発された再生軟骨は、埋め込むという意味をもつ「インプラント」型再生軟骨と呼ばれています。

 この再生軟骨をつくるには、まず患者さんの耳の裏から少量(約5mm四方、0.1g)の軟骨を採取し、そこから軟骨細胞を取り出します。この手術は簡単なもので、耳の裏でもあり手術の傷あとが目立つことはなく、耳が変形するという心配もありません。
 さらに患者から採血し、血清という成分を取り出し、このなかで軟骨細胞を培養します。約1000倍にまで増やしたところで取り出しますが、ここまでに約1カ月かかります。

 増やした細胞を、「足場素材」と呼ばれる再生医療用の特殊な素材に加えると、長さ約50mm、幅約6mm、厚さ約3mmのインプラント型再生軟骨ができ上がります。耳の裏の小さな軟骨がここまで大きな再生軟骨になったのです。しかも十分な硬さがあり、鼻の「高さ」をつくることもできます。

 高戸教授によると、今回の開発の最大のヤマ場は「この足場素材をどうするか」でした。鼻に適した硬さや大きさを確保するために、さまざまな成分の組み合わせが試されましたが、最終的にはアテロコラーゲンハイドロゲルというコラーゲンと、ポリ乳酸多孔体というプラスチックを組み合わせました。
 このコラーゲンは、体のなかに入ったときに起こる炎症反応が最小限に抑えられるように加工されており、プラスチックはすでに骨折治療で使われている素材であり、体内で吸収される性質があります。もちろんどちらも人体への害はないことが確認されています。

将来は変形性膝関節症などの治療にも

 口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)は先天性異常の一つであり、生まれつき唇の一部や上あごが裂け、鼻の高度な変形を伴うことも少なくありません。日本人に多くみられ、出生児500人に1人程度いるといわれています。顔の中心にある鼻の変形は患者さんに大きな心理的負担を与えており、その変形修正のための治療には大きな意味があります。
 鼻の軟骨は、軟骨のなかでも特に大きく、これを補うだけの軟骨を人体のほかの部位から採取することは難しかったため、再生軟骨が使えるようになったことは画期的です。

 このインプラント型再生軟骨は2011年6月、開発に成功。9月には、再生軟骨を口唇口蓋裂の患者さんの鼻に用いる最初の臨床研究が始まったことが発表され、その後も順調に臨床研究例が増えています。
 このまま進めば、将来は再生軟骨が使えるほかの病気の治療への用途拡大も期待されています。対象となる病気には、耳介変形、気管狭窄や欠損、変形性顎関節症、患者数100万人ともいわれる変形性膝関節症をはじめ、いろいろな関節再建があげられます。

 「再生医療」という言葉はよく見聞きするようになりましたが、日本国内で通常の医療に使われているのは、熱傷(やけど)治療のための表皮だけです。再生軟骨の成功は、単に口唇口蓋裂などの新たな治療法にとどまらず、日本の再生医療の発展にも欠かせない重要な意味があるのです。
 再生軟骨が「表皮」に続くには、製造工程や培養期間の簡素化・短縮化により、品質の安定化とともに大量生産・保存・輸送システムを構築することなどが必要です。東京大学から技術移転を受けた民間企業ではこうした実用化開発を進めており、再生軟骨による治療が着実に患者さんに近づきつつあります。

(編集・制作 (株)法研)

【取材協力】
高戸 毅先生


東京大学大学院医学系研究科外科学専攻 感覚運動機能医学講座、口腔外科学分野 教授
1979年東京大学医学部医学科卒業後、同大学医学部附属病院形成外科入局。国立がんセンター(現、国立がん研究センター)頭頸科医員、静岡県立こども病院形成外科副医長を経て、92年東京大学医学部口腔外科学講座助教授、96年同教授に就任。2001年同大学医学部附属病院ティッシュ・エンジニアリング部部長(兼任)。2011年同大学医学部附属病院22世紀医療センター長(兼任)。専門は口腔外科、形成外科、再生医療。 得意分野は口唇口蓋裂、顎変形症、口腔がん。日本形成外科学会専門医、日本口腔外科学会専門医・指導医、日本顎関節学会専門医・指導医、日本学術会議二部会員など。

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