遺伝性乳がん・卵巣がんにかかる可能性が高い人とは?

遺伝子変異のため乳がん・卵巣がんの発生リスクが高い

親から子へと50%の確率で伝わる。遺伝カウンセリングで遺伝と病気の正しい知識を持ち、ベストの選択を

通常の乳がんよりも発生リスクが高い「遺伝性乳がん・卵巣がん」

 日本で乳がんにかかる人は年々増加を続け、現在1年間に約6万人が新たに乳がんと診断されています。また、日本人女性において一生のうちに乳がんにかかる確率は、現時点で15人に1人と言われています。乳がんで亡くなる人も長年増加傾向にありましたが、2012年に初めて減少したことがわかりました(厚生労働省 人口動態統計)。これは、マンモグラフィ検査の普及や新しい抗がん剤などの効果とみられています。

 日本以上に乳がんにかかる人が多い欧米では、乳がんの予防や治療に高い関心が寄せられています。今年5月、米国の人気女優アンジェリーナ・ジョリーさんが乳がん予防のために乳房切除手術を受けたことを公表して、日本でも大きな話題になりました。予防のためとはいえ、がんが発生していない健康な乳房を切除することに驚かれた方も多いでしょう。
 ジョリーさんの場合「遺伝性乳がん・卵巣がん」といって、通常の人より乳がんや卵巣がんの発生リスクが高いために乳房の予防切除を行ったということでしたが、この「遺伝性乳がん・卵巣がん」とは、どういうものなのでしょうか。

 がんの主な発生要因には、ウイルスや気候・風土、汚染物質、生活習慣などの「環境要因」と、生まれながらもっている体質である「遺伝的要因」があり、これらが絡み合ってがんが発生すると考えられています。
 家族や血縁者の中に乳がんにかかった人が複数いるタイプの乳がんを「家族性乳がん」と呼んでいます。そのうち、遺伝性かつ原因遺伝子がわかっている乳がんを特に「遺伝性乳がん・卵巣がん」と呼びます。「遺伝性乳がん・卵巣がん」は、BRCA1とBRCA2という遺伝子のどちらかに生まれつき変異があり、乳がんや卵巣がんのリスクが高くなる病気です。BRCA1とBRCA2は本来がんの増殖を抑制する働きをする遺伝子ですが、これらに異常があるために乳がん・卵巣がんを発症しやすくなると考えられています。

早期発見や予防には、あらかじめ遺伝子変異があることを知ることが重要

 「遺伝性乳がん・卵巣がん」は全乳がんの5~10%と推測されています。BRCA1,2に変異がある場合、すべての人ががんになるわけではありませんが、生涯で乳がんにかかる確率は通常の10~19倍、卵巣がんにかかる確率は15~40倍にもなると言われます。BRCA1,2の変異は親から子へと50%の確率で伝わる(常染色体優性遺伝)ため、家族の中での乳がん・卵巣がんの発生率は高くなります。また、若い年齢(40歳未満)で発症しやすい、左右の乳房に再発ではない乳がんができやすいなどの特徴も見られます。

 医療機関では、「遺伝性乳がん・卵巣がん」の可能性が高い人を拾い上げるために、次のような「拾い上げ基準」が用いられています。

●乳がんにかかったことがある人で、次のどれかに1つでもあてはまる;
 ――45歳以下で診断された
 ――50歳以下で診断され、かつ血縁者が50歳以下で乳がんを発症した
 ――50歳以下で診断され、かつ血縁者が(年齢問わず)卵巣がんを発症した
 ――2つの原発性乳がんにかかった(うち1つは、50歳以下で診断された)
 ――60歳以下で診断されたトリプルネガティブ乳がん*
 ――乳がんまたは卵巣がんと診断された血縁者がいる(2人以上)
 ――膵がんと診断された血縁者がいる(2人以上)
 ――男性乳がんの血縁者がいる など
●卵巣がんにかかったことがある
●男性乳がんにかかったことがある
●膵がんにかかったことがあり、血縁者が乳がん・卵巣がん・膵がんのどれかを発症(2人以上)

 *トリプルネガティブ乳がん:女性ホルモン受容体であるエストロゲンレセプター(ER)とプロゲステロンレセプター(PgR)が陰性、かつHER2たんぱく陰性の乳がん

 ここで「血縁者」というときは、母親の家系だけでなく、父親の家系も含むことに注意が必要です。BRCA1,2の変異に性別は関係なく、母から娘に遺伝するだけでなく、父からも、あるいは息子へも、遺伝することがあるからです。

 乳がんは早期に発見すれば治癒率の高いがんですが、自治体などが実施する乳がん検診は一般的に40歳以上の女性を対象に行われています。そのため、40歳未満でも発症しやすい「遺伝性乳がん・卵巣がん」の早期発見には、あらかじめ「遺伝性乳がん・卵巣がん」であることを知っておいて20歳代から検診を始めることが重要です。

遺伝カウンセリングで正しい知識を持ち、最もよい選択を

 BRCA1,2の変異があるかどうかは、「遺伝子検査」によって調べることができます。検査で陽性とわかれば、若いときから乳腺や卵巣の検査を定期的に受け、早期発見・早期治療に役立てることができます。本人のがんの再発予防や、遺伝性であることをまだ知らないほかの家族のがん予防につなげることも可能です。
 欧米では、ジョリーさんが行ったようながん発生前の乳房の予防切除や、卵巣の予防切除、抗エストロゲン薬(タモキシフェン)の服用などの予防的な治療が行われることもあり、これらによってがんの発生リスクは減少することがわかっています。予防切除は、「遺伝性乳がん・卵巣がん」と診断された人にとって、いつがんが発生するかわからないという不安や恐怖を軽減する治療として注目されています。

 このように「遺伝子検査」にはがんの早期発見や予防に道を開くというメリットがある一方で、大変デリケートな問題を含んでいます。遺伝子検査を受けることは、自分の遺伝子を知るだけでなく家系内の遺伝子を知ることでもあります。自分が陽性と診断された場合、たとえば未婚の姉妹の将来にも影響が及ぶことがあるかもしれません。また、民間のがん保険に加入できなくなる可能性もあります。

 そのため、検査の前には遺伝子カウンセリングを受けることがすすめられます。カウンセリングは、本人・家族が「遺伝と病気」、「遺伝子検査」、「治療や健康管理」などについて正しい知識をもち、最もよい選択ができるようサポートすることを目的に行われます。
 カウンセリングを受けたら検査を受けなければいけないというわけではなく、検査を受ける場合と受けない場合、受けた結果どんな方法があるかなどについて十分な説明を受けたうえで、自分で決定します。

 現在日本では、遺伝カウンセリングや遺伝子検査ができる施設は限られますが、着実に増えています。検査費用は保険適用ではないので20万~30万円程度です。
 予防的治療については、卵巣がんではすでに予防切除が行われています。これは、卵巣がんには今のところ有効な検診法がなく早期発見が難しいからです。
 乳がんの場合は、予防切除は片方の乳房にがんが見つかった人が反対側を切除する場合などで行われており、がん発病前の予防切除はごく一部の医療機関が実施、または検討中の段階です。費用も保険適用ではなく全額自己負担となり、乳房切除手術で約100万円、乳房再建で約100万~150万円と高額になります。

 「遺伝性乳がん・卵巣がん」の検査や予防的治療にはまだまだ課題がありますが、その可能性の高い人はベストの選択をするために、遺伝カウンセリングを受け、検査や治療のメリット・デメリットについて十分理解することが第一歩と考えられます。

(編集・制作 (株)法研)

【監修】
清水 哲先生


神奈川県立がんセンター 乳腺内分泌外科部長
1977年横浜市立大学医学部卒業後、同大学第一外科学教室入局。同大学関連病院、同大学病院外科、同大学病院病理検査部を歴任。82年横浜市立大学医学部第一外科乳腺グループに配属され、大学病院乳腺外来を担当。88年横浜南共済病院医長、外科部長、2005年三宿病院院長を経て、09年4月より現職。

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