【アスペルギルス・オリゼ】あすぺるぎるす・おりぜ

 日本人にはなじみの深い麹。 その歴史は1000 年ともいわ れています。  麹を作るのは麹菌というカビ (微生物)の一種で、その代表格 の学名が「アスペルギルス・オリ ゼ」(以下「オリゼ」)。みそ、醤油、 日本酒、みりん、酢など、日本 の調味料の多くに使われている 麹菌で「ニホンコウジカビ」とも 呼ばれます。 「 カビはある程度の水分や湿気 のあるところでないと繁殖でき ないため、乾燥した地域ではカ ビ食文化は見られません。みそ や日本酒などは高温多湿の日本 だからこそ発展したもの。オリ ゼはまさに、日本食の立役者と いえます」(前橋健二先生)

 カビは6千属・7万種があり、 「アスペルギルス属」はそのうち の1属。オリゼはその代表です。 米麹から発見されたことに由来 して、イネ科の学名「Oryza」 から命名されました。見た目が 黄色いことから黄麹菌とも呼ば れます。他に、焼酎を作る「ア スペルギルス・アワモリ」(黒麹 菌)、「アスペルギルス・カワチ」 (白麹菌)などがあり、平成18 年、日本醸造学会はこれらを含 めた麹菌を国の貴重な財産とし て「国菌」に認定しました。 2013 年、ユネスコの無形 文化遺産に「和食:日本人の伝統 的な食文化」が登録されたのは 記憶に新しいところ。これは、 素材の味を引き出す調理法な ど、日本の風土や四季に根差し た日本の伝統的な食のスタイル そのものが評価されたものです。 「 和食のすばらしさは、味を足 し算するのではなく、麹を使っ た発酵調味料を利用しながら、 素材そのものの味を引き出す 点。オリゼなどの麹菌は、酵素 を作り出し、食材のたんぱく質 をうまみに、でんぷんを甘みに 変え、食材をおいしくする役割 を果たします」(前橋先生)

おいしさと 栄養価を高める

みそは、大豆に麹と塩を混ぜ、 発酵・熟成させてできます。そ もそも「発酵」とは、主にカビ、 酵母、細菌の三大微生物を食品 で繁殖させることで、独特の風 味を出し、保存しやすい状態に すること。麹はオリゼなどの麹 菌を蒸した米、麦、豆類などに 繁殖させたものです。米で培養 させれば米麹、麦なら麦麹、豆 では豆麹となり、それぞれ、米 みそ、麦みそ、豆みその原料に。  麹菌の代名詞でもあるオリゼ は、食べ物をおいしくするだけ でなく、栄養価を高める作用も。 例えば蒸した米をオリゼで発酵 させて作る甘酒。米のデンプン をオリゼが酵素で分解してブド ウ糖に変えたり、発酵の過程で ビタミン群や必須アミノ酸など を豊富に生み出すため、もとの 米よりはるかに栄養価が高くな ります。「飲む点滴」とも呼ばれ、 冷房のない江戸時代には、夏バ テ防止に飲まれていました。 「 甘酒の他、みそも麹菌による 発酵でアミノ酸やビタミン類が 多量に生成され、栄養価が非常 に優れたものになる食品の代表 です。コレステロール値や血圧 を抑えたり、抗酸化力を高める など、様々な角度から病気のリ スクを抑える作用の研究も進め られています。みそ汁を毎日飲 む人は胃がんや乳がんになりに くいというデータもあるんです よ」(前橋先生)

 最近の塩麹ブームでも、麹の人気は急上昇。塩麹はオリゼを 培養した米麹と塩と水が原料の シンプルな調味料ですが、それ まで影の立役者的存在だった麹 が、表舞台で注目されるきっか けにもなりました。

医薬品や化粧品にも 麹パワーが

 食べ物だけでなく、医薬品に もオリゼは利用されています。 1897年に高峰譲吉博士がオ リゼから発明した「タカジアス ターゼ」は、酵素剤消化薬とし て世界的に大ヒットしました。  また、酒造りをする杜 とう 氏じ の手 が白くきめ細やかなことが注目 され、麹の美肌効果の研究が進 められた結果、1988年に厚 生省は「コウジ酸」を美白有効成 分として認定。「 現在ではたくさんの化粧品に 配合されており、美容の面から もオリゼの効果は見逃せませ ん」(前橋先生)。

生ごみを分解する技術など、 オリゼをはじめとした麹菌によ る発酵技術は、環境やエネルギ ー分野での応用も進んでいます。 麹や発酵のすばらしさを、これ からますます実感することにな りそうです。

お話を伺った先生 前橋健二先生 東京農業大学応用生物科学部醸造科学 科准教授。調味食品科学研究室で調味 料について研究している、調味料研究 の第一人者。著書に『旨みを醸し出す麹 のふしぎな料理力』(東京農業大学出版 会¥1,260)