【卵子凍結】らんしとうけつ

 この2月、千葉県浦安市は順天堂大学病院と協力し、少子化対策として卵子の凍結保存にかかる費用の補助計画を発表。卵子凍結には保険が適用されず、通常70~100万円ほどかかりますが、「20~34歳で浦安市在住の女性は3割程度の自己負担で利用できるよう調整する」として話題になりました。
 一方、アメリカではFacebookやAppleが福利厚生として卵子凍結に補助金を出す制度を開始。これは「優秀な若い女性の労働力確保」が狙いとされています。

 卵子凍結は求める声が増えている一方で、「ルール」が追い付いていないのも現状。日本生殖医学会がガイドラインを発表したのは、2013年11月。前日本生殖医学会理事長で、ガイドライン作成にかかわった吉村泰典先生は「ガイドラインはあくまで社会的ルールの指標。法的な拘束力はありません」と前置きをしつつ次のように説明します。
 「卵子凍結が認められる第一のケースは、がんなどの病気の治療をする場合です」

 昨年、13年前に凍結した卵子で出産した女性のニュースが報じられました。この女性は高校2年生でがんを発症。放射線治療の前に卵子を凍結し、がん治療を終えて結婚しました。その後、凍結した卵子を解凍。夫の精子と受精後、自分の子宮に戻して30歳で出産したのです。
 「このニュースは凍結期間の長さから注目されましたが、今はがん患者の卵子凍結は決してめずらしくありません」(吉村先生)

 2013年のガイドラインでは、「健康な未婚女性」が将来の妊娠に備えて凍結保存することも認めたことで話題に。これは、パートナーの不在や仕事など社会的事情から今は妊娠・出産できないと考える女性を想定しているものですが、関連学会の間で見解が分かれています。例えば日本産科婦人科学会は、20~34歳の健康な女性を想定している浦安市の卵子凍結補助金について、「健康な女性を対象とする卵子凍結保存は推奨しない」との意見を表明しています。

日本に有償の卵子バンクはない

 医学的な理由で自分の卵子を利用できず、第三者から提供してもらうケースも。ただ、日本では卵子バンク(有償の提供)はないため、血縁者や知人による提供がほとんど。そんな中、2012年に卵子提供登録支援団体であるNPO法人・OD-NETが設立。「ドナー(卵子提供者)は35歳未満で無償であること」、「レシピエント(卵子を受け取る側)は40歳未満で、卵子をもっていないこと」を条件に、ドナーとレシピエントの仲介を行っています。代表の岸本佐智子さんは、こう言います。
 「自分の卵子はないものの、子どもがほしいと望む女性たちの思いは切実です。でも日本では、卵子提供に関する法やシステムの整備が進んでおらず、アメリカなど海外の卵子バンクに頼るしかない状況が続いてきました」

 アメリカでは卵子提供が女子学生のアルバイトになっているほどで、1回の提供で現地在住の日本人ドナーには60万円近くが支払われるそう。また、インドやタイでは、旅費を負担して日本人女性を呼び、採卵するビジネスもあるといいます。
 「日本に卵子バンクがないのは、命の売買につながるという倫理的な問題を懸念する声が強いためです。その一方で、子どもがもてずに悩み苦しんでいる女性も現実に大勢いる。この状況になんとか一石を投じたいと思っています」(岸本さん)

妊娠・出産の安易な先のばしは危険

 卵子凍結のガイドラインは、医療側の説明不足や妊娠を望む女性側の認識不足を補い、卵子凍結をめぐるトラブルを減らすのが目的。健康な未婚女性の凍結も認めてはいるものの、決して勧めているのではありません。
 「ガイドラインでは40歳以上の卵子採取や45歳以上の凍結卵子の使用は推奨していません。でもこれは、その年齢より下なら安心という意味ではない。凍結時の年齢は高いほど妊娠率が下がるし、出産時の年齢も高いほどリスクが。妊娠・出産の適齢期は35歳くらいまで。“凍結すれば安心”とか、“いつでも産める”と安易に考えるのは避けてほしいですね」(吉村先生)

 事実、アラフォーの卵子凍結による出産成功率は、かなり低いそう。ニューヨークタイムズ紙の報道では、38歳の女性が凍結卵子1個で出生に至る成功率は2~12%、38歳以上の女性が凍結卵子で出産した新生児は、世界全体でも1年間で推定10人程度だったとか。
 「健康な若い女性が卵子凍結を選ぶ問題の根本は、少子化問題と同じ。高齢出産のリスクを避けるには、女性が若いうちに子どもを産み育てられる社会に変わるしかないのです」(吉村先生)

お話を伺った方
吉村泰典先生
前日本生殖医学会理事長。慶應義塾大学名誉教授。内閣官房参与(少子化対策・子育て支援担当)。日本における不妊治療の第一人者。産婦人科医として2000人以上の不妊症、3000人以上の分娩をみてきた。著書に『間違いだらけの高齢出産』(1,296新潮社)他。