性差医学とは? 健康や病気と「性」の関係について|3つのがん対策

性差医学と女性の健康管理

性差医学の進歩でわかってきた、女性のがんや心血管疾患への対策

性差医学は、男女共同参画型の医療

 「働く女性の応援団」は今回が最終回となります。このシリーズでは、働く女性の妊娠出産、職場復帰、育児介護休業法、男女共同参画、米国の女性医療、年代ごとの健康管理など、いろいろな話題を取り上げてきました。
 「女性の健康」は心臓、脳、免疫、コレステロール代謝など男性と女性での違いを考慮することの大切さに気づかれたことと思います。健康や病気と「性」とのかかわりを研究・診断・治療することを「性差医学」といいます。「性」を決定するのは、性染色体や性ホルモンによる生物学的な性と、女性らしさ・男性らしさなど文化的社会的な性の両者であり、両者はきっちり分けられるものではなく、双方が互いに影響し合っています。
 昨年、米国国立衛生研究所(National Institute of Health:NIH) から「Highlights of NIH Women’ s Health and Sex Differences Research 1990-2010」という報告書(http://orwh.od.nih.gov/ORWH_Highlights_2010_508.pdf)が出版されています。また、欧米の疫学データを元に女性の健康に関するポータルサイトも作成されています。日本にもこうしたものがあればよいですね。これらを見ると、女性の健康も、性差の視点から読み解く、という考え方が主流となってきていることがわかります。また、性差の視点を入れることで、男性の健康への応用も可能になるので、性差医学は、まさに男女共同参画型の医療といってよいでしょう。

性差の視点を入れてがん対策を

 さて、性差の視点を入れてがん対策を考えてみましょう。がん検診の科学的根拠については、国立がんセンターが中心となって作成している「科学的根拠に基づくがん検診推進のページ」が参考になります。
 わが国のがん死亡数(2009年)およびがん罹患数(2005年)を見ますと、男性と女性では大きな差があることがわかります。死亡数は、男性が女性の約1.5倍、死亡数上位のがんは、男性では肺、胃、大腸、肝臓、女性では大腸、肺、胃です。罹患数は、男性では胃、大腸、肺、前立腺、女性では乳房、大腸、胃、肺の順になります。乳がんや子宮がん検診については、「goo ヘルスケア」で何度か取り上げられていますので、ここでは、胃がん、大腸がん、肺がんを取り上げます。

(1)胃がん
 胃がんとピロリ菌の関係はとても強いことがわかってきました。1994年にはWHO(世界保健機構)のがん研究部門が「ピロリ菌は明確な発がん要因である」という声明を発表しました。日本のJGSG(JAPANGAST Study Group)によって、胃がんの内視鏡治療を受けた人でピロリ菌除菌を行った場合は、再発が1/3に減ることがわかりました。ピロリ菌の除菌によって胃がん発症を抑制できる可能性が示されたわけです。
 胃がんの罹患率は男性が女性より2倍ほど高いのですが、ピロリ菌の感染率の性差の報告は大変少なく、1999年の海外の調査結果では、男女でほぼ同率でした。それにもかかわらず胃がんになる率に男女差があるのは興味深いですね。おそらく一部は、男性の喫煙率の高さが関係していると思われます。

 1992年の報告によれば、日本人のピロリ菌感染率は20代で約20%、30代で40%、50代以上が70~80%以上でしたが、最近の報告では、ピロリ菌の感染率は確実に下がってきています。ピロリ菌の感染がない場合、通常のタイプの胃がんが発生するリスクは非常に低いことがわかっていますから、これからの胃がん検診については、ピロリ菌の感染率が低下してきていることを考慮する必要があります。

 胃がん検診では、胃X線検査が最も推奨され、ほかに胃内視鏡検査、ペプシノゲン法、ヘリコバクターピロリ抗体などが行われています。最近、専門家からは、ABC検診という方法が提唱されています。これは、血清ピロリ菌抗体価と血清ペプシノーゲン値によってリスク分けをし、リスクに応じて検診を行うというもの。つまり、血清ピロリ菌抗体価が陰性でかつ血清ペプシノーゲン値が正常のA群は胃がんになるリスクは低いので、それ以外のB群やC群に絞り込んで胃がん検診を行っていこうというものです。

 女性と男性で胃がんの予防法に差があるのかははっきりしていません。これからの研究に期待したいですね。

(2)大腸がん
 大腸がんは結腸がんと直腸がんの二つがあります。結腸がんは、死亡数、罹患数とも男女ほぼ同じですが、直腸がんは男性の方が多くなっています。
 女性の大腸がんは死因の第一位となっており、注意が必要です。特に、月経が少なくなったにもかかわらず貧血が進んでいる場合など、要注意です。女性は右側結腸に大腸がんが多いという報告もあり、症状が出にくい傾向があります。

 大腸がん検診は、便潜血検査(免疫法)、全大腸内視鏡検査、直腸指診などが行われ、便潜血反応はとても有効とされています。便潜血反応が陽性だった場合、「痔がある」とか、「もう一回便潜血反応をしたら陰性だった」という理由で精密検査を受けないのは病気の発見チャンスを逃します。必ず精密検査を受けましょう。

(3)肺がん
 乳がんや胃がんが、罹患数と死亡数に差があるのは、早期発見、早期治療による効果が高いからです。それに比べると肺がんは、罹患数と死亡数に差が小さく、早期発見しても必ずしも救命できるわけではない、厳しい病気であることがわかります。肺がんの中でも、腺がんは最近増えていて、男性の肺がんの40%、女性の肺がんの70%以上を占め、次に多い扁平上皮がんは、男性の肺がんの40%、女性の肺がんの15%を占めています。

 喫煙者は非喫煙者に比べ、肺がんリスクは男性で4.4倍、女性で2.8倍です。受動喫煙がある人はない人に比べ、20~30%リスクが高くなるといわれています。肺がん対策には禁煙が重要ですね。
 ただ、女性の腺がんに及ぼすたばこの影響はそれほど大きくないため、なぜ女性にこのように腺がんが増えてきているのか原因はよくわかっていません。初経年齢が低く、閉経年齢が高い場合、つまり女性ホルモンにさらされている期間が長い場合は、肺がん発症が多いことが報告されています。肺がん細胞の表面に女性ホルモン受容体があり、これが何らかの影響を与えているのかもしれません。

 肺がん検診は、胸部X線検査や喀痰細胞診などが勧められています。日本では、危険度が高い人にはCT検査が行われています。レントゲン検査は被曝の問題がありますので、メリットとデメリットをよく検討して受けるようにしましょう。

心血管疾患は、75歳くらいからはあまり男女差がなくなってくる

 冠動脈疾患(狭心症や心筋梗塞)は、女性のほうが病気になる年齢が男性よりも8年ほど遅いとされますが、閉経後徐々に増加し、75歳くらいからは男女差があまりなくなってきます。高血圧、喫煙、糖尿病、内臓肥満は男性と同様に重要な危険因子です。
 前回書いたように、総コレステロールはあまり関係していません。では、LDLコレステロールは男性と同様に危険なものなのでしょうか。ある報告によると、女性の場合は、LDLコレステロールが180mg/dlを超えてくると確かにリスクは上がるものの、男性ほどではなく、140mg/dlではむしろリスクが下がっていました。糖尿病など危険因子がある場合とない場合では、対応が異なります。頸動脈エコー検査などの画像検査を組み合わせるなど複合的に治療の必要性を判断するようにしましょう。

 女性の場合、もう一つ大事なのは、心電図やカテーテル検査ではわかりにくい狭心症があることです。一般に起こる狭心症よりもさらに細い微小血管が狭くなって起こる狭心症があるとされ、女性ホルモンの欠乏に関係していると考えられています。この疾患は閉経後の女性に多いといわれ、疲労や不眠、ストレスが引き金になることが多く、交感神経との関連も指摘されています。

わかっていないことも多い性差医学

 この10~20年の間に性差医学は着実に進歩してきました。けれどもわかっていないことも多いのです。たとえば、甲状腺疾患や関節リウマチなどの免疫疾患は女性に多い疾患ですが、「なぜ女性に多いのか」という問いにはまだ回答が得られていません。ウイルス性肝炎の肝硬変あるいは肝臓がんへの進展にも男女差があり、閉経前にはゆっくりだった進行が閉経後急激に悪化することもわかっており、肝臓にも性差があることに関心が高まっています。

 3.11の東北大震災をきっかけに、多くの方が、人生の価値観が変わったといいます。予防医学が成り立つのは、戦争や災害がない社会があってこそ、という事実に思い当たります。生活習慣病の多くが「過剰摂取」から成り立っており、さらに「過重労働」「過剰ストレス」が追い討ちをかけています。自分や社会にとって、何が本当に必要なのかを再度考えられた方も多かったのではないでしょうか。

 男性も女性も生き方・働き方は多様化しています。ワーク・ライフバランス施策や「イクメン」プロジェクトなどによって、草食系男子と肉食系女子などの変化が起きているようです。これまでの「らしさ」が変わることで、病気も変わってくるかもしれませんね。
 急速に変わりつつある世の中にあって、一人ひとりが自分の健康や社会の健康に関心を持っていただくのに本シリーズがお役に立てれば幸いです。

(編集・制作 (株)法研)

【執筆】
荒木 葉子先生


内科医、荒木労働衛生コンサルタント事務所所長
慶應義塾大学医学部卒業後、内科・血液内科専攻。カリフォルニア大学サンフランシスコ校留学。報知新聞社産業医、NTT東日本東京健康管理センタ所長を経て、現在荒木労働衛生コンサルタント事務所所長。2008~2011年3月東京医科歯科大学女性研究者支援室特任教授。内科専門医・産業医・労働衛生コンサルタント。企業の労働衛生と半蔵門病院で内科診療を行う。主な著書に『臨床医が知っておきたい女性の診かたのエッセンス』(医学書院)、『働く女性たちのウェルネスブック』(慶應義塾大学出版会)など。

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