医者の言う言葉が理解できない-医療者と患者のコミュニケーション問題

患者と医療者のより充実したコミュニケーションのために

患者の理解・納得のための手引としても役立つ「『病院の言葉』を分かりやすくする提案」

患者は説明を理解し納得したうえでサインしているのか?

 病院やクリニック、薬局などで説明を受けたとき、言葉がわからずよく理解できなかったという経験をしたことはありませんか? また、検査や治療について説明を受け、同意書にサインを求められたとき、よくわからないままサインしたという経験は?
 インフォームド・コンセント(十分な説明と同意)という言葉に代表されるように、患者を中心にした医療の考え方が広まり、医師や看護師、薬剤師など(以下、医療者)は十分に説明し、患者は説明を理解し納得したうえで、検査や治療に同意したり医療を選択することが求められるようになっています。しかし患者は、本当に理解し納得しているのでしょうか?

 平成16年に国立国語研究所が行った調査によると、8割以上の国民が「医師の説明するときの言葉には、わかりやすく言い換えたり説明を加えたりしてほしい言葉がある」と答えています。説明の言葉がわからなくては、自分の責任で適切な判断をすることはできません。

 「患者が的確な判断をするためには、専門家である医療者が、患者に対しわかりやすく伝える工夫をすることが必要」という考えに立ち、国立国語研究所は2007~09年にかけて「『病院の言葉』を分かりやすくする提案」の活動を行いました。
 「提案」は患者の理解と納得につながる言葉づかいの指針づくりを目指して行われ、医療の専門家と言葉の専門家からなるチームが協力して「病院の言葉」のわかりにくさの原因を分析し、わかりやすく伝えるための工夫を検討し提案しています。

知っているつもりで理解していない言葉も多かった

 「提案」では医療者・患者に対する調査をもとに、まず言葉が伝わらない原因を3つに類型化し、それぞれの原因に応じた工夫の類型化を行いました。

【言葉が伝わらない原因の類型】
類型1 患者に言葉が知られていない
 一般には使われず、患者が言葉そのものを知らない
 例:病理、寛解、重篤、QOL、日和見感染、MRSAなど

類型2 患者の理解が不確か
 言葉は知っていても、(1)意味がよくわかっていない、(2)大体は理解しているが知識が不十分、(3)別の意味と混同している
 例:(1)炎症、ウイルス、(2)化学療法、セカンドオピニオン、(3)ショック、合併症など

類型3 患者に理解を妨げる心理的負担がある
 命にかかわる病気、痛みや危険を伴う治療に関する言葉など、患者の心理的な負担を重くする言葉
 例:腫瘍、がん、抗がん剤、ステロイドなど

【わかりやすく伝える工夫の類型】
類型A 日常語で言い換える(類型1に対して)
 例 「重篤」という言葉を使わず、「ひどく重い」などと言い換える

類型B 明確に説明する(1)正しい意味が理解されるように、(2)一歩踏み込んで、(3)混同が起こらないように(類型2に対して)
 例 「ショック」は日常使う意味と異なるため、「血圧が下がり、生命の危険がある状態」のように説明する

類型C 重要で新しい概念を普及させる(類型1、類型2の言葉の中には、新しく登場した重要な概念や物事を示し、広く知ってもらう必要がある言葉がある。それらに対して)
 例 セカンドオピニオン、クリニカルパス、QOL、緩和ケア、MRIなど
 「QOL」は「その人がこれでいいと思えるような生活の質」のようにわかりやすい言い添えをしながら使っていく

*類型3に対する工夫はわかりやすさだけでの類型化はできないため、個々の言葉や場面に応じて、「心理的負担を軽くする言葉づかいを工夫すること」としている

 さらに、A~Cの類型ごとに代表的な言葉を取り上げ、どのように表現を工夫すればわかりやすく伝わるのか具体的に解説しています。その内容はホームページ(http://www.ninjal.ac.jp/byoin/)で公開され、市販本も発行されています(国立国語研究所「病院の言葉」委員会編著、勁草書房発行『病院の言葉を分かりやすく―工夫の提案―』)。
 この「提案」が、医療者がわかりやすい説明を行う際の指針として、また患者や家族の理解を助ける手引きとして活用されることが期待されます。

医療者のコミュニケーションに対する意識は高まっている

 さて病気の治療や予防にとって、患者と医療者との十分なコミュニケーションが大切なことはいうまでもありません。言葉そのものの理解以外にも、コミュニケーション不足、説明不足によって、患者が不安になったり不満に思ったりすることは多いようです。
 たとえば、まだ痛みや微熱が残っているのに「もう大丈夫です」と言われ、薬も処方されなかったが本当に大丈夫なのか不安に思う場合など、「現状はこうだがすぐに回復が見込まれる」など“大丈夫”を補足する説明があれば、患者も安心できるでしょう。

 病院によっては医療相談窓口を設け、こうした患者さんの不安や不満を聞いて対応したり、コミュニケーションのためのワークショップを開いてロールプレイを行うなど、医療者のコミュニケーションに対する意識は高まっています。
 患者も、わからないことをそのままにしたり、黙って不満を持ち帰るのでなく、質問することが大切です。たとえば「今日はこれだけは尋ねよう」と決めて行く、ノートを持参し説明を書き取ってみる、家に帰ったら家族に説明してみるなどすると、病気に対する認識を高めることにもつながります。

 一方、多くの医師は時間的に余裕がないのも事実。たくさんの患者が待っている中、なるべく短い時間で説明しなくてはならないため、患者もその日のうちにすべてを解決しようとするのでなく、1回に一つか二つだけ質問するとか、質問項目を紙に書いて渡し後から答えてもらうなどの配慮も必要かもしれません。また医師だけでなく、看護師に質問したり相談窓口で相談するのもよいでしょう。
 病院のかかり方も工夫し、手術をはじめ専門的な治療を必要とするときは大病院や専門病院にかかり、通常は何でも相談できる「かかりつけ医」を持っていれば、大病院や専門病院での説明や言葉がわからなかったら質問することもできます。

 さらに一歩進めて、医師が患者と話す時間も取れないようなゆとりのない状況を変えていくことが望まれます。十分なコミュニケーションを取れるシステムや環境を作っていくために、医療者、患者とその家族、一般市民が協力し、病院や社会、政府に対して声を上げていくことも大切です。

(編集・制作 (株)法研)

【監修】
田中 牧郎先生


国立国語研究所准教授
1989年東北大学大学院文学研究科国語学専攻博士課程後期単位取得後退学、96年国立国語研究所研究員になり、言語問題グループ長などを経て、2009年から現職。2002年から同研究所「外来語言い換え提案」で作業部会事務局、05~07年日本弁護士連合会「法廷用語の日常語化プロジェクトチーム」委員、07~09年「病院の言葉を分かりやすくする提案」プロジェクト主担当者を務めた。主要編著書(共著)に同研究所編『分かりやすく伝える 外来語言い換え手引』(ぎょうせい)、『病院の言葉を分かりやすく―工夫の提案―』(勁草書房)など。

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