高齢者での特殊事情

 貧血とは、血液中の血色素すなわちヘモグロビン(Hb)濃度が低下した状態と定義されます。Hb濃度には性差があり、また加齢とともに低下することが知られています。


 したがって、若年成人の正常範囲を、高齢者にそのままあてはめることはできません。高齢者の貧血の定義としては、男女の区別をせずに一律にHb濃度11gdl以下とするのが実際的です。表13に、通常の健診で測定される、貧血の評価に重要な血液検査の項目をかかげます。
高齢者における貧血の原因
 高齢者の貧血で頻度が最も高いのは、鉄欠乏性貧血(てつけつぼうせいひんけつ)です。鉄欠乏性貧血の原因は、若年女性の場合は、子宮の疾患や妊娠に伴うものが多いのに対し、高齢者の場合の過半数が消化管出血によります。消化管の悪性腫瘍(あくせいしゅよう)は、高齢者の貧血の原因として重要です。


 図16に、鉄欠乏性貧血患者の血液塗抹標本にみられるHb含有量の少ない赤血球の様子を、正常者の赤血球と並べて示します。
 それ以外の高齢者の貧血の大部分は、ほかの疾患に伴う二次性貧血(にじせいひんけつ)と呼ばれるものです。また、「血液のがん」といわれる白血病(はっけつびょう)や悪性リンパ腫では、貧血はほぼ必ず現れますが、高齢者の貧血の原因として、これらが占める割合は5%未満と低いものです。
高齢者における貧血の症状
 貧血の一般的な症状は、運動時の動悸(どうき)、息切れ、易(い)疲労感(疲れやすい)です。しかし高齢者の場合、Hb濃度が9gdl未満でも、これらの自覚症状のない場合が半数以上あります。また、貧血が慢性の経過で現れた場合、Hb濃度7gdl未満の高度の貧血でも自覚症状のないことが少なくありません。
 高齢者の場合、階段の昇降や布団の上げ下げを行っても心臓がドキドキせず、疲れやすいなどの自覚がなくても、貧血がないとはいえません。
 高齢者では、諸臓器の血管の動脈硬化を背景として、「貧血らしからぬ症状」が前面に立つ場合があるので注意が必要です。貧血らしからぬ症状の代表的なものは、精神神経症状(意識障害、認知症(にんちしょう)、歩行障害)、呼吸循環器症状(呼吸困難、気道のぜいぜい音、むくみ、狭心痛(きょうしんつう))、消化器症状(食欲不振、口内炎(こうないえん))などです。

治療とケアのポイント


貧血を見逃さないために

 高齢者の貧血を見逃さないためのポイントは、(1)便の性状の変化(黒色便や血便)に注意すること、(2)健康診断の血液検査(血算)の値に注目すること、の2点です。
 (1)は、高齢者に多い消化管出血を原因とする鉄欠乏性貧血に気づく手がかりとなります。(2)は、貧血の早期発見や、典型的な貧血の症状がない場合の診断に有効です。
貧血の治療には原因疾患の特定が必要
 貧血とは1種類の疾患ではなく、その原因は多様です。貧血の正しい治療のためには、原因疾患の見極めが重要で、治療の方法はひと通りではありません。
 高齢者に最も多い鉄欠乏性貧血では、鉄剤の内服が有効で、貧血の改善が期待できます。しかし、たとえば胃がんからの出血が貧血の原因である場合は、胃がんの外科的切除こそが根本的な治療になります。
 便潜血(べんせんけつ)反応や内視鏡検査を外来で行い、診断が容易につくこともありますが、貧血の原因疾患を特定するために、入院を要することもあります。医師から検査入院を提案された場合は、それが貧血の正しい治療のために必要であることを理解してください。

その他の重要事項

 高齢者が立ちくらみやめまいを起こす疾患として、椎骨脳底動脈循環不全(ついこつのうていどうみゃくじゅんかんふぜん)、血圧調節の異常(食後低血圧、起立性(きりつせい)低血圧)などがあります。これらは、脳血流量が一過性の減少を起こして、俗にいう「脳貧血(のうひんけつ)」の症状を示しますが、血液検査の値(血算)には異常を認めず、貧血とは別の病態です。