腹部外傷とはどんな外傷か



 腹部外傷の発生頻度は全外傷の2〜3%と、他部位の損傷に比べて決して多くはありません。しかし、腹部には多くの内臓があり、それらが損傷を受けると重大な支障を来すおそれがあります(図44)。また、四肢などの目で見える損傷に比べて診断・治療が必ずしも容易ではないので、さらに注意が必要です。
 腹部の外傷も他の部位の外傷と同様に、受傷原因により鈍的(どんてき)外傷(腹部を強打した傷)と鋭的(えいてき)外傷(刃物で刺された傷)に大別されます。外傷が鈍的か鋭的かにより病態や臓器の損傷状況に若干の違いがありますが、どちらも腹部外傷の患者さんは出血性か腹膜炎(ふくまくえん)(あるいは両者の混合型)の病態を示します。
 出血性の病態は、血管損傷や肝臓や脾臓などの実質臓器損傷の出血によるものです。一方、腹膜炎は腸などの消化管穿孔(せんこう)(孔(あな)があく)に伴う消化管内容液による腹膜炎のことです。腹膜炎の病態に対する治療は多少の時間的猶予がありますが、重症の出血性の病態では患者さんは即座にショックから死亡に至るので、出血性の病態に対する診断・治療が優先されます。

症状の現れ方

 主な症状は腹痛です。出血性の損傷でも腹腔内の出血に伴う自発痛はありますが、出血性の病態では出血に伴う血圧の低下などショックを示すサインを把握することが重要です。大量の腹腔内出血があれば腹部は膨みますが、そのような状況下での患者さんはほとんど救命困難です。
 腹膜炎の病態においては、一般に出血性の損傷より強い腹痛があります。自発痛だけでなく、圧痛、反跳痛(はんちょうつう)、筋性防御(きんせいぼうぎょ)といった腹膜刺激症状がみられます。ただし、腹壁の損傷だけでも自発痛や腹膜刺激症状に似た所見がみられることがあり、区別の難しいことがあります。

検査と診断

 外傷の患者さんに対する診断の手順としては、出血のない比較的軽症の場合は、通常の疾病に対する診療と同様にまず問診から始めます。一方、重症の場合は、診断と治療を同時進行で行います。
 本人または関係者から外傷の発生状況および経過を聞きながら、まずはバイタルサイン(脈拍・呼吸・体温・血圧・意識・反射など、生体が生きていることを示す徴候)のチェック、全身状態の観察、腹部所見の診察などを行います。同時に、輸液ルートの確保や酸素吸入なども行います。
 現在では、腹部外傷では画像診断が中心的役割を担うようになってきています。
 血液などの循環動態が不安定な腹部外傷では、まず腹部超音波検査(US)が行われます。腹部外傷の患者さんに対するUSは、FASTとも呼ばれ、その目的は腹腔内出血の有無の診断です。
 腹部CTは、状態の安定した患者さんで行われる検査で、最も頻繁に行われています。肝臓や脾臓(ひぞう)などの実質臓器の損傷がよく見え、おなかのなかの遊離ガスもわかり、他の画像診断法より明らかに優れています。しかし、循環動態が不安定で緊急に止血処置が必要な患者さんに対しては行いません。
 腹部外傷の診断における血液・尿の検査として、肝臓損傷時のGOT(AST)、GPT(ALT)値の上昇、膵臓損傷時の血清アミラーゼ値の上昇、腎臓損傷時の血尿などがあげられますが、前述の画像診断の進歩により、その診断的意義は少なくなりました。大量出血があるとヘモグロビンやヘマトクリット値は低下しますが、出血後すぐに検査した場合は低下しません。
 出血性の損傷に対する診断はUS、CTを中心に行われ、腹腔内出血、実質臓器損傷の検出率は90%以上で、その診断精度は比較的満足できるものになりました。しかし、消化管穿孔(孔があく)の診断にはまだ難しいものがあります。
 というのも、消化管穿孔では特徴となる画像所見が少なく、穿孔部から腹腔内に漏れ出た腹腔内遊離ガスが診断上有用ですが、その検出率はそれほど高くないからです。現時点では、医師の主観と熟練した腹部の理学的所見のとり方がポイントになっています。
 上部消化管の損傷では、水溶性造影剤(ガストログラフィンなど)を用いた消化管造影も有用ですが、損傷部位が下部になるほど外傷時の腸管麻痺のために造影剤が損傷部に到達しないので、十分には診断できません。

治療の方法



 出血性ショックに対する全身的治療と、各臓器の損傷に対する止血や損傷部位の修復などの局所的治療を行います。局所的治療は、腹腔内出血に対する治療と消化管穿孔の治療に分類できます(図45)。
(1)全身的治療
 全身的治療はバイタルサインのチェックなどに基づく患者さんの全身状態の評価に沿って行われますが、まず輸液路の確保と酸素吸入を行います。
 重症と考えられる場合の輸液路は、大量輸液・輸血ができるように2カ所以上を確保する必要があります。輸液は、乳酸加リンゲルや酢酸加リンゲルで行い、大量出血に対しては迅速な大量輸血を行います。重症のショックでは低体温の予防も重要であり、輸血・輸液の加温などの工夫も考慮しなければなりません。
 呼吸障害はなくてもショック状態の患者さんでは酸素吸入が必要です。患者さんの状態によっては、気管挿管や人工呼吸器を用いた呼吸管理も行います。
(2)腹腔内出血に対する治療
 腹腔内出血に対する治療法には、保存的治療、経カテーテル的動脈塞栓術(TAE)、開腹手術があります。とりあえず活動性出血がなく血圧などのバイタルサインが安定している場合は、保存的治療が選択されます。
 バイタルサインのチェックなどの厳重な観察のもとに禁食やベッド上での安静、輸液などを行います。もちろん、急変時のTAEや開腹手術に対応できる体制をとっておきます。TAEは肝臓、脾臓損傷からの動脈性の出血の場合はよい選択になります。しかし、TAEだけでは止血困難な損傷も少なくなく、この場合は躊躇せずに開腹手術を行います。
 開腹手術では、損傷臓器からの出血に対して確実な止血処置を行いますが、患者さんの状態によっては一時的止血しかできないこともあります。
 腹部外傷の緊急手術に際しても確実な止血が望まれることはもちろんです。しかし、重症の患者さんで確実な止血処置を行う時間的余裕がない場合や、止血処置が難しい場合は、ガーゼ圧迫など一時的止血を行って仮閉腹することもあります。この場合、ICUで患者さんの状態を改善してから、数時間後に再手術を行います。この治療方法をダメージコントロールと呼びます。
(3)消化管穿孔に対する治療
 消化管に破裂・穿孔がある場合には、現時点でも保存的治療は困難で、手術の対象となります。
 損傷部がさほど大きくなく患者さんの状態が良好でも、時間の経過とともに炎症の波及範囲は拡大するので、早急な開腹手術が重要です。
 消化管の損傷は全体としては、孔のあいていないI型と、孔のあいた(穿孔した)II型に分類されます。外傷受傷後すぐに手術が必要なのはII型です。
 損傷の部位によっては単純な縫合閉鎖や切除・吻合(ふんごう)だけでなく付加的手技が必要になりますが、消化管の損傷で共通の治療指針は、損傷部の修復と汚染された腹腔の洗浄もしくはドレナージ(排液)です。


 損傷部修復の方法(図46)は、破裂・穿孔部の縫合閉鎖か損傷部を含む腸管の切除・吻合(ふんごう)です。
a.十二指腸損傷に対する治療


 十二指腸損傷における付加的手技(図47)の選択にも、受傷から手術までの所要時間に加えて、この修復部の狭窄(きょうさく)の問題が関係します。
 手術が受傷後早期で腹腔内の汚染が比較的軽度、かつ損傷部が縫合しても狭窄を起こさないサイズであれば、単純な縫合閉鎖を行います。
 損傷部がある程度以上のサイズで、縫合では狭窄のおそれがある場合、小腸や大腸では切除・吻合になりますが、膵頭(すいとう)部に接している十二指腸領域ではこの術式は困難です。そのような場合は、空腸漿膜側(くうちょうしょうまくそく)を破裂部のパッチ(破裂部を縫合閉鎖せず、漿膜で被覆する)として縫合閉鎖する空腸漿膜パッチ法や、急性期の多少の狭窄は覚悟して損傷部はそのまま縫合閉鎖し、同部を空置(くうち)する(食べ物などが通過しないようにする)目的で胃を切開して内腔から幽門(ゆうもん)を閉鎖し、胃切開部と空腸を吻合する幽門閉鎖術、または幽門側胃切除(ゆうもんそくいせつじょ)と残胃(ざんい)・空腸(くうちょう)ルー・ワイ吻合を加える空置的胃切除術などの術式を選択します。
b.大腸損傷の治療
 大腸損傷も、他の消化管損傷と同様に、損傷部の修復は縫合閉鎖もしくは切除・吻合が原則です。大腸内は糞便があり、胃や小腸に比べて損傷部が汚染されているために、従来は縫合や吻合をしないで人工肛門にする傾向がありました。しかし、腹腔内汚染が高度でない受傷後早期に確実な手術が行われれば、人工肛門を造設しないで一度に損傷部を修復しても縫合不全などの合併症の発生はほとんどありません。したがって、大腸損傷は最近では多くの病院で一度に縫合・吻合しています。


 一方、患者さんの状態が悪かったり、腹腔内が高度に汚染されている時は、現在でも人工肛門(図48)を造設します。また、直腸や肛門部の損傷も一度で損傷部を修復しますが、口側の大腸に人工肛門を造設することが多くなっています。