単純ヘルペス脳炎とはどんな病気か

 重い急性脳炎として知られ、単にヘルペス脳炎とも呼ばれています。病理学的には側頭葉(そくとうよう)・大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)がよくできる部位で、壊死(えし)傾向が強く、神経細胞にはウイルスによる封入体(細胞質核内の小体)が認められます。日本では年間100万人に3・5人、約400例の発生とされています。口唇ヘルペスなどの皮膚単純ヘルペス感染の合併は5%前後です。本症は散発性で、時期的な集中はみられません。
 日本においては、本症の死亡率は30%と考えられていましたが、抗ウイルス薬の導入以後、10%以下に減り、約30〜50%の社会復帰例がみられます。

原因は何か



 主として単純ヘルペスウイルス1型(口唇ヘルペス)によります。2型(性器ヘルペス)では脊髄炎(せきずいえん)、髄膜炎(ずいまくえん)が一般的です。平和共存的なヘルペスウイルスが重いヘルペス脳炎を起こす原因はよくわかっていません。ヘルペスウイルスの侵入経路に関しては、ウイルスの上気道感染に続いて嗅神経を経由して、もしくは血液に運ばれて(血行性)、よくできる部位である大脳辺縁系を侵すと推定されています(図18)。
 一方、ヘルペスウイルスが三叉(さんさ)神経節などで潜伏しているという報告も多くされており、成人・高齢者の単純ヘルペス脳炎の発症については、中枢神経系での潜伏・再燃という機序(仕組み)も有力と考えられています。

症状の現れ方

 急性期には、発熱、髄膜刺激症状、意識障害、けいれん発作が必ず起きる症状とされています。幻覚、記憶障害、失語症(しつごしょう)などの言語障害も現れます。初期には、錯乱、せん妄(もう)状態が少なくなく、幻視、異常行動もみられます。死亡率は20〜30%とされており、とくに昏睡(こんすい)に至る深い意識障害、けいれんの頻発、脳圧亢進を認める症例の予後は極めて不良とされています。他方、意識障害が比較的軽く、精神症状を主とする軽症例もみられます。回復期にかけては健忘症候群、人格変化、症候性てんかんなどが現れ、後遺症として問題になります。

検査と診断



 髄液検査では、出血壊死病変に対応して赤血球、キサントクミー(黄色調を呈する現象)がしばしば認められ、細胞増加、蛋白増加がみられます。原則として糖値は正常であることが一般的です。脳波所見は全般的徐波(じょは)(緩やかな振動数の脳波)とともに、片側または両側性の側頭・前頭部に周期性一側てんかん放電が現れます。頭部CT所見では、側頭葉の低吸収域、脳腫脹(しゅちょう)が50〜60%の頻度でみられます。MRIでは、より早期に側頭葉内側面、辺縁系の海馬(かいば)、扁桃体(へんとうたい)、直回などに病変が現れます(図19‐a)。
 臨床所見、髄液、脳波、CT・MRI所見、ウイルス学的検査などを参考に診断を行います。早期診断には、髄液からのPCR陽性、酵素抗体での陽性値が有用で、PCR法による髄液からのヘルペスウイルスDNAの検出が迅速診断に威力を発揮し、検出率は60〜80%とされています。ヘルペスウイルス抗体測定としては、血清・髄液中のHSVに対する補体結合反応、中和試験などによる方法がありますが、早期診断には髄液からの酵素抗体法で判断します。
 しかし、ヘルペスウイルス抗体は健常人でもしばしばもっており、ヘルペスウイルスに対する経時的変動、髄液系での特異的局所産生を示す必要があります。

治療の方法

 一般療法として気道の確保、栄養の維持などが重要で、体温、脈拍、血圧、呼吸などのバイタルサイン(生命徴候)の監視も必要です。意識障害の強い急性期には絶食とし、1日1500ml前後の輸液が行われます。二次感染を予防する意味でペニシリン系、セフェム系抗生剤を投与します。抗ウイルス薬(アシクロビル)が第一選択薬とされており、アシクロビル10mgkgを1日3回、1時間以上かけて点滴静注し、14日間続けます。副腎皮質ステロイド薬の併用の有用性も報告されています。遷延した症例などには、ビダラビンが使われます。
 けいれん発作、重積にはジアゼパム、フェノバルビタール、ヒダントインの静脈注射、筋肉注射を、けいれん重積には呼吸管理下でのバルビツール酸系の大量(2〜3g)の持続点滴注入を行います。脳圧降下薬(グリセロール、マンニトール)の使用も一般的です。

単純ヘルペス脳炎に気づいたらどうする

 発熱・髄膜刺激症状、意識障害、けいれん発作、幻覚、記憶障害などが現れたら、この病気が疑われます。ヘルペスウイルスによる脳の破壊が進む前に抗ウイルス薬を投与することが大切です。神経内科、内科、小児科などに緊急入院が必要とされています。